ない袖は振れないけれど
昨日「騙しあうのではなく」という記事を書きましたが,予算要求する側が財政課を騙そうとしていることばかり書いてしまいました。
逆も当然ありますよね。財政課側の犯している罪,それは「沈黙」です。
毎年,夏場あたりから翌年度予算編成に向けた財政課の作業が始まります。
多くの自治体でたぶん最初に取り組むのはフレームづくり。
来年度の収入と支出をざっくりと見込み,収支のバランスを図るためにどのくらい支出を抑えなければならないかを把握する作業です。
この作業は少なくとも翌年度分を見込む必要がありますが,大体の自治体はもう少し長め(3年~5年程度くらいでしょうか)に試算を行い,中長期的な財政運営の見通しを立てて次年度の予算編成方針を検討しています。
試算は,直近の決算状況やトレンドなどから収入,支出それぞれを推計します。
税収,地方交付税などの財源はどのように見込めるか。
人件費や扶助費,公債費といった義務的経費が今後どのように推移するか。
施設維持管理やルーティン業務等の経常的経費で大きな増減はないか。
今後見込まれる施設の大規模改修や新規の設備投資,大規模なイベントなどの臨時的な支出はないか。
ざっくりと言っても,予算編成方針の議論をするうえでベースになる基礎資料ですからそれなりの制度が求められ,これは結構大変な作業です。
しかし多くの自治体ではこの試算結果を市民はおろか職員にすら公開していません。
現場に伝えられるのは「財政状況は大変厳しい」という言葉と,予算要求にあたっての上限(いわゆるシーリング)だけ。
これが現場に伝えられても,財政の何がどう厳しいのか,どこにお金がかかっているのか,どのくらい削らなければいけないのか,自分たちの事業は続けられるのか,さっぱりわかりません。
これでは,財政課を騙してでも予算を確保しようと考える輩が現れても仕方ない,そんな信頼関係しか築けないのではないでしょうか。
「試算はあくまでもざっくりとした推計なので独り歩きしては困る」
「あまりにも厳しい数字を出すと市民の不安をあおり現場が混乱する」
「これまでの財政運営が放漫だったと政治問題化する可能性がある」
あるいは「市長のやりたいことができなくなるので」などというとんでもない理由まで,試算を公表しない理由は様々想像できます。
試算の結果はだいたい大変に厳しく,来年の予算が組めるのか不安だけが高まるようなものなので,行政マンの気質として解決策のない問題提起などできない,解決に向けた処方箋やその実現可能性が見通せない限りとても外には見せられない,というのが本音でしょう。
とはいえ,財政課の職員はいつも,苦しい台所事情も考えずに「要るものは要る」と腹いっぱい予算を要求してくる現場に対して「現場は財政のことをわかっていない」と感じていますが,財政課では,そもそもその苦しい台所事情について現場に理解してもらう努力をしたのでしょうか。
現場がきちんと財政状況を理解し,財政課と一緒になってその苦難を乗り越えていこうと思える環境を整備していないで「ない袖は振れない」と予算の削減ばかり現場に押し付けるから,現場で財政課に対する敵対心や「最後は財政課に切られたと言えばいい」という依存心しか芽生えないのではないでしょうか。
どの自治体でも,毎年度の予算説明会や行財政改革推進のための庁内会議などで厳しい財政状況について一通りの説明はしているかもしれませんが,それが現場にとってどういうことなのかを理解してもらうための努力や,現状や課題を理解できた現場が自ら解決に取り組もうと考えることができる仕掛け,仕組みを財政課が準備したでしょうか。
結局は「最後は俺たちが頑張るしかない」という強烈な自負で現場ではできない厳しい査定を「必要悪」と割り切って断行しているのが多くの自治体の財政課の実情で,そういう財政課の割り切りこそが財政課vs現場の対立構造や依存構造を温存してきたのだと私は思っています。
今,新型コロナウイルスが世の中を席巻し,来年度の予算編成に向けてどの自治体もまさに頭を抱えています。
経済が停滞・縮小する中で税収の減は避けられず,自治体の減収を補填する国の制度にも限界があります。
これまで黒字をため込んできた基金も大幅に取り崩し,新たな収入の見込みもありません。
一方,支出は少子高齢化による社会保障費の増加傾向は留まるところを知らず,これまでやってきた施策事業の見直しもままならず,そのうえにコロナ対策経費が大きくのしかかります。
本当に来年度の予算が組めるのか,怪しい自治体もありそうです。
しかし,こんなときだからこそ「お金がない」ことをきちんと共有するいいタイミングなのではないでしょうか。
多くの自治体では,これまでいろんな理屈をつけて「お金がない」ことの本質についての議論を避けてきました。
しかし,この未曽有の危機に直面し,この難局を自治体一丸となって乗り越えていくには,今そこにある危機の現状についての正しい情報を共有し,どこに向かわなければいけないか,そのために誰が何をしなければいけないかを明らかにしなければいけないのではないでしょうか。
現下の財政状況を背景に非常に厳しい査定で既存事業を抜本的に切り込んだとしても,なぜそうなるのかという点で現場の納得感がなければ,必ず混乱をきたします。
これまでのように「最後は俺たちが頑張るしかない」という財政課職員の自負だけで乗り越えられる危機ではないと私は思っています。
私が出前講座でいつも最後に贈る「一人の千歩よりも千人の一歩」という言葉は,財政課長という一人のスーパーマンが自治体のすべてを取り仕切り,問題を解決していくなんてのは幻想だという,私の経験に裏打ちされたメッセージです。
全国の財政課の皆さん。財政課と各現場がそれぞれの持ち場でできることを最大限努力し,その力を結集してこの危機を乗り超えることができるように,これまでの沈黙を破り「ない袖は振れない」と言っていたその「ない袖」をきちんと見せて,組織一丸となった協力を仰いではいかがでしょうか。
★「自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?」について
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