年に一度の独演会
例の予算要求,市長がダメって言ってるのか
じゃあ市長に直談判させろよ
どうして財政課が間に入るんだ
どうせあいつらの都合のいいことだけ告げ口するんだろ
#ジブリで学ぶ自治体財政
自治体の予算編成が佳境を迎えるこの時期,毎年思い出すことがあります。
それは財政課長を務めていた4年間,必ずこの時期に催される「独演会」です。
当時,福岡市の予算編成は,毎年10月末に受け取った各部局の予算要求内容を財政局で確認精査し,課長審査,局部長審査を経て財政局案として年明け早々に各部局に提示(いわゆる内示)するというスケジュールで,そのうち,対立する論点の方向性を市長,副市長に直接確認したいものについて1月上旬の局長対話(いわゆる復活協議),1月中旬に市長・副市長復活協議,1月下旬の最終調整を経て1月末に当初予算案が固まる,という流れになっていました。
その中で私が務めていた財政課長の最大の見せ場が毎年この時期に行われる,市長への当初予算編成状況レク。
局長復活終了後,市長・副市長復活協議の前に,その時点での予算編成状況,具体的には歳入歳出の全体構造と傾向,市債や基金の状況,政策分野別の主要な事業の調整状況などを市長に直接説明するのですが,これをたった一人の財政課長が二日間かけて説明するのが「独演会」と私が呼ぶ所以なのです。
忙しい市長の時間を二日にわたり独り占めさせていただくので,各部局の実施する施策事業のうち市長に知っておいてほしいものを厳選し,共有したい情報だけをコンパクトにとりまとめた調書を用意するのですが,その調書のページ数は当時約150頁。
約600もの事業の要点を簡潔に述べていくこの「独演会」は,各事業の調整内容そのものだけでなく,テンポや声の抑揚,ページの中で目が泳がない視覚的な説明,一言で仕留めるキラーワードの活用など,わかりやすく伝えるプレゼンテーションが能力も問われ,当然ながら限られた時間の中で過不足なく情報を共有し,質疑や議論も含めて与えられた時間の中で終わらなければいけないというタイムマネジメントも求められる,とても緊張感の高いステージでした。
係長時代はこの調書作成に年末年始を費やしたものですが,課長になった後は毎年,年末年始休暇を返上して係長たちが仕上げた力作を束ねて独演会直前に独り作業部屋にこもり,二日がかりで自分が説明する調書に赤ペンで補足説明を書き込み,カラーマーカーで説明の順序の矢印を書き込み,目標となる所要時間を節目のページに書き込んで,万全の態勢で臨んでいました。
準備から本番にかけてあまりにもテンションが上がるからでしょうか,毎年だいたいこの独演会の直後に緊張が切れて高熱を発しダウンしていたことを思い出します。
私がこの「独演会」で心掛けてきたことは,市長に「いい予算ができあがりつつあること」を示すだけでなく,ここまでの過程で「各部局がよく考えていること」「各部局と財政局の間でいい議論ができていること」を理解してもらうことでした。
財政局と各部局が「要るものは要る」「ない袖は振れない」の対立構造のまま市長・副市長の復活協議に臨む場合にあり得るのが「言いつけ」です。
各部局が財政局の言うことをちっとも聞かずにわがままばかり言うので市長から一喝入れてもらおうというモードで調整案を説明することもかつてはありましたが,市長からしたら面白くない話で「そんなケンカの仲裁みたいなことを俺にやらせるなよ」という気持ちになるでしょうし,言いつけられた部局も対等なケンカにならず事前の情報戦でハンデを与えられるわけですからこちらも面白くない話です。
そうやって陰で言いつけたものは,その後の市長の裁きでどう結論づけられようと市長も財政局も関係部局も後味が悪いもので,市役所全体のプラスにはならないように私は思います。
財政局案を作る段階では「財政局はこう思う」ではなく「市長はこう思うはず」という想定を以て市長に代わって査定案を作成しているわけですから,「市長,これでよかったんですよね?」とその判断の適否について市長自身に確認する作業こそが「独演会」の主たる目的。
そこで伝えるのは「市長の代わりにここまでやっておきました」という報告です。
その内容は,市長の代わりに各部局がそれぞれ自らの頭で考え,創意工夫を凝らしていること,その良さを市長の代わりに企画部門や財政部門が引き出し,磨き,整えたこと,そして方向性の相違や意見の対立は関係部局で十分対話を重ね,市長が仲裁に乗り出すまでもないこと。
その結果,市長の代わりに我々財政局が調整し積み上げた案が市長の発した予算編成方針に即したものになっているか,大事だと思ったものに力が入っているか,見直してはならないものに手を付けていないかを確認してもらうのですから,財政局だけがいいカッコするのではなく,各部局がきちんと考えてくれていることや,調整の結果より良い案に磨き上げられそれを関係者が合意し,市の総力を結集してこの案が出来上がっていることを伝えたい。
私はそう強く思っていましたし,それができるように年末までの財政局案作成までの段階でどれだけ対話を重ね,分担して市長の代わりを務めている各部局の職員のベクトルを一つにそろえるかということに腐心していたのです。
財政課長当時,毎年この「独演会」が終わったあと,いつも「市長は満足してくれただろうか」「各部局,現場の思いは市長に伝わっただろうか」と思っていました。
市長の満足は,自分がやりたいことが形になることではありません。
市民が市長に預けてくれた市政運営の方向付けに職員,組織が納得してついてきているかどうか。
各部局,現場に市長の思いが伝わり,それをどのように予算案に反映できたのか。
各部局,現場の思いが市長まで伝わることで,市長は自分と組織全体がきちんと意思疎通できていることを実感でき,それが市長の満足につながる。
予算編成は全市挙げて毎年行う重要な意思決定過程のコミュニケーションであり,市民の信託を受けた市長と市役所組織全体がきちんと意思疎通できていることを確認する年に一度の貴重な機会なのです。
私が毎年この時期にステージに上げていただいた「独演会」は、この壮大なコミュニケーションのまさに肝の部分。
160万人の市民と9000人の職員の接点に橋を架けるたった一人のコミュニケーターの重責は一生忘れることはないでしょう。
私が財政課長時代に「対話」に目覚め,実践を始めたのはある意味自然なことだったのでしょうね。
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★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
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★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
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