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平等論に逃げ込むな

全部局一律10%削減ってどういうことだ
うちは削れない事業ばかりって知ってるだろ
枠予算なんて結局財政課の思考停止のツケを
俺たちに押し付けてるだけじゃないか
#ジブリで学ぶ自治体財政
 
先日も「枠配分予算」に関するお問い合わせを受けて対応しましたが、今日は数ある質問の中で常に上位となる「枠として配分する財源の積算方法」について。
枠配分であろうと一件査定であろうと、財政課では毎年予算編成に入る前に、翌年度の歳入歳出の見込み額をもとに歳出に充てることができる一般財源の総枠を見込み、その範囲内で予算編成が行えるよう経費の性質に応じてあらかじめ財源を留保し、各所属に対して示す予算要求上限額等のルールを決める、いわゆる財源フレームづくりが行われています。
この推計手法や歳入歳出を均衡させる調整については自治体それぞれのやり方があるでしょうから今さら説明する必要はないと思いますが、「枠配分予算」に関するお尋ねで多いのは、こうした作業を経て枠対象経費として配分可能な財源の総額を算出したのちにこれを各部局に「適正に配分」する方法です。
 
私はこの問いに対しては常に「正解はない」とお答えしたうえで、福岡市での実例やその際の考え方を私の経験をもとに参考程度にお話ししていますが、4年間の私の在任期間でも毎年積算方法の変更を行っており、定まったルールがあるわけではありません。
また、部局によって事業の硬直性や事業見直しを取り巻く状況が異なることからあえて部局ごとに異なる圧縮率を用いたりもしており、すべての部局、事業を平等に取り扱う共通ルールもありません。
そもそも枠配分予算における各部局への「適正な配分」とは、各部局からのヒアリングで把握した所要額を満額配分することができないので、所要額の一部を精査したり全体に圧縮率を乗じたりといった調整を加えて配分するその「調整」が、枠配分予算の制度が求める組織の自律経営に資するものであり、かつその積算が合理的で納得がいくものである、という意味であり、全ての部局に対して平等に共通の積算ルールを適用するという意味ではありません。
 
ところが「適正に」算出したいという方々は、どうも汎用性の高い万国共通の唯一解を平等に適用したいと思われているフシがあり、正解がないといくら説明しても「それで現場がよく納得しますね」と言われます。
しかし、そもそも資源配分というのは優先順位の高いところに手厚くするために比較的劣後するところから資源を移転させるというものですから、そこに平等という思想は相いれず、それは枠配分予算だろうと一件査定だろうと同じはずで、件の質問者もまさか予算編成時にすべての施策事業を平等に扱い、財源不足の状況に応じて予算額を均等に一律削減しているわけではないですよね。
それなのに、どうして枠配分予算になると「適正に」=「平等に」配分しないといけないと思うのでしょうか。
 
財政課で予算編成を司っていると、現場が「平等に扱ってほしい」と主張する局面に遭遇しますが、彼らは本当に平等を求めているわけではありません。
枠対象経費の区分を巡って「これは枠外でお願いしたい」と主張するときも、枠として配分する金額を算出するにあたり本来の所要額に乗じる圧縮率の設定を低くしてほしいと懇願するときも、彼らの本音は「自分のところだけ特別扱いしてほしい」というものです。
この「特別扱い」という要請を断る理屈として財政課が振りかざすのが「みんなこのルールでやっているからあなたのところだけ特別扱いはできない」という「平等」論なのです。
この場合の「平等」は、私たちが個人として基本的人権が尊重されるなかで原始的に持っている「平等に取り扱われる」権利ではなく、集団の中で利害が対立する場合に一定の共通ルールを適用することで個々の要望を縛り、個別対応に対する不平不満が起こりにくくなるように集団を管理する側が用いる、体のいいガス抜きに過ぎません。
予算編成における仕組み、ルールづくりは本来財政課の専権事項ですから、財政課がやりたいように決めてやればいいのですが、「平等」に取り扱わないと現場が吹きあがり収拾がつかなくなると恐れているのでしょうか。
 
確かに、仕組みやルールを創る際には、その適用を受けその中で作業を行う者たちからすれば、一定の納得感がなければ作業すること自体のモチベーションが低くなり、作業効率が下がったり作業自体がうまくいかなかったりすることが懸念されます。
私もそういう意味では、納得感のある仕組みとして各部局で理解してもらえるよう常々意見を聞き、制度のバージョンアップに努めてきました。
しかし、その制度改善努力と「適正」=「平等」となるよう財源配分、調整のルールを均質化することは完全に別物であり、むしろ「平等」を目指すのは枠配分という仕組みの良さを殺してしまう要素なのではないかと思うのです。
 
枠配分予算でよくある過ちに、部局単位で枠を配分したとしたとしてもその部局の中で各課に均等に配分してしまうケースがあります。
均等配分は、部局の中で課単位、事業単位で争いが起こらないように事前に不満の蓋を閉じてしまうことですが、互いに争わない代わりに全体として何が大切かという議論も起こらず、粛々とすべての施策事業が薄く削りとられてじり貧になるだけ。
新しいことを始めるために何かを見直す、ビルド&スクラップによる事業の新陳代謝など起こりようがありません。
「平等」というルールは、集団の中での個々を説明抜きで黙らせることができるとても便利な論理ですが、枠配分予算を導入するのであれば、むしろ個々の事情に応じたエコひいきを行うために「平等」を封印するところから始めなければなりません。
限りある財源を有効に活用するために、各部局の裁量を最大限発揮させるのが枠配分予算の狙いです。
その裁量発揮にとって「平等」という全体で守るルールは足かせにしかなりません。
なぜなら、全体で守るという以上そのルールを守っているかどうかをすべての部局が相互に監視し合うことになり、その監視の目が各部局での裁量にブレーキをかけてしまうからなのです。
 
すべての個別対応への不平不満を財政課で負うのはしんどい話です。
しかし、そこを引き受けてある時はエコひいきして長所を伸ばし、ある時は短所に片目をつぶって見ないふりをし、すべての部局がそれぞれの環境下で裁量を最大限発揮できるよう、全体を俯瞰して調整することが求められるのです。
何度も書いていますが、枠配分はルールではなく、各部局に課す目標です。
各部局の現場力を信じ、この前提条件ならあなたの良さを最大限発揮できるよね、とそれぞれの部局に寄り添って伴走できる度量を持ち、全体としての財源確保や首長、官房たちの意向との調整など、現場の裁量を支える環境整備に注力することが、枠配分予算を導入する財政課が担う役割です。
財政課がやるべき査定、調整を現場に押し付けたと揶揄されないためにも、「平等」という楽なルールに逃げ込まず、枠配分予算という仕組みの中で財政課が担う「組織の自律経営の発揮」と「メリハリを利かせた全体調整」という役割を忘れないでいただきたいと思います。
 
枠配分予算における各部局への配分額調整については、過去記事もご参照ください。

★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
 
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
 
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