冨樫由美子

歌集『草の栞』(ながらみ書房、2002)、短歌とエッセイ『バライロノ日々』(新風舎、2…

冨樫由美子

歌集『草の栞』(ながらみ書房、2002)、短歌とエッセイ『バライロノ日々』(新風舎、2005)。「短歌人」同人。Twitterアカウント @yumicomachi

マガジン

最近の記事

「短歌人」2024年11月号掲載作品

迷子のこころ 黄金にすべてを変へる指さきで触れてわたしを永遠にして ペルセウス座流星群が八月の夜に無数の傷をつけてゆく 会ひたさが蒸発をして雲となりあなたの町に雨を降らせる 窓掃除しながら晴れた空を見ることも娯楽のひとつと思ふ ウィリアム・モリスの〈いちご泥棒〉のワンピース着て 迷子になりたし りぼんの似合ふ同級生に憧れてずつとずつとショートヘアーで 永遠の初級者として毎日を聴くラヂヲ英会話番組 ※同人2欄、冨樫由美子

    • 「短歌人」2024年10月号掲載作品

      再会 手放しし本を再び買ひ戻すやうにあなたとまた出会ひたり 同じやうで違ふ人なり年月に流されてもう互みに遠し 目のまへにゐるのに遠い 変はらないねと言ひあつて少し黙つた その人の記憶の中にだけ棲んでゐる十七歳のわたくしのこと 再会を苦くにれがむ夕まぐれラヂヲから昔のJポップ 似た夢を見てゐたころには戻れない。写真に並ぶ笑顔の二人 あの人もこの虹を見てゐるだらうペトリコールに包まれながら ※同人2 冨樫由美子

      • COLORS

        こひびとは約束どほり埋めてきた紅い花だけ咲いてゐる野に ひとりきり珈琲をのむために湯を沸かすよ青いほのほ点して 夢の中のくらい道のりいつまでも黄色い蝶が(ついてこないで) むごいほどかがやく緑さいいしよから生まれなければよかつたなんて 聴きなさい 誰も知らない森にある深い緑の群青色を 風は吹く行つてしまつた人たちの白い言葉を伝へるために 黒鍵にふれる指先あのひとの耳をなぞつた日を思ひ出す あなたとの薔薇色だつた毎日の壊れやすくて、こはしましたよ ほんたうに失ふ

        • 「短歌人」2024年9月号掲載作品

          水の旅 似ることは共犯めいて島と鳥、緑と縁、アリアとマリア ウ、ハ、ム、心と書いて窓となる何十年もずつと唱へる 雨がまた雨になるまで水の旅 川の近くに住んでゐたいね やはらかく目隠しされてゐることに気づかないまま月日は流れ ゆでたまごがきれいに剥けた朝だから少しだけいい紅茶を淹れる 姉を知る家に暮らして老いてゆく生まれながらの妹として おさがりの衣類が思ひ出を語るクローゼットのくらがりのなか ※同人2欄、冨樫由美子

        「短歌人」2024年11月号掲載作品

        マガジン

        • 短歌作品
          86本
        • 評論等
          16本
        • エッセイ等
          38本
        • 日記
          1本
        • 詩型融合作品
          5本
        • 小説
          5本

        記事

          「短歌人」2024年8月号掲載作品

          盛岡/三月 もりをかへ星の写真を見にゆくと誘はれて乗る春の自動車 山中はいまだに雪の残りあり仙岩峠茶屋には寄らず 北上川の流れは速し渡る橋の欄干に白鳥の紋様 「もりおか啄木・賢治青春館」もまた旧銀行の建物である 固く急な階段ばかり登り降りしつつ暖炉の意匠など見て 帰るさはすこし無口な私たちずつとスピッツ流れる車内 ※同人2欄、冨樫由美子

          「短歌人」2024年8月号掲載作品

          「短歌人」2024年7月号掲載作品

          ひかり やはらかに麺は縮れてスープ濃きカップヌードルたまには食べたし 時に高き壁にありしを母はいま庭に小さく草むしりをり ひかりさす窓辺に椅子を引き寄せてヘルマン・ヘッセのことばに触れる 鳥かごを逃げた小鳥はさがさずに空色に塗る胸のうちがは 採光のよき建物と思ひをり木のテーブルに絵本をひらき 帰宅する小学生の歌ふこゑ窓より入り来るは嬉し 本を読みながら眠りに落ちてゐて続きを夢の中に読みをり ※同人2欄、冨樫由美子

          「短歌人」2024年7月号掲載作品

          横山未来子の歌集を読む~主に『とく来りませ』のテーマと文体について~

          歌集『とく来りませ』は2021年(令和3年)4月3日発行。砂子屋書房の「令和三十六歌仙」シリーズの一冊である。横山未来子(1972年~)の第六歌集にあたる。 横山の第一歌集『樹下のひとりの眠りのために』(1998年)、第二歌集『水をひらく手』(2003年)は相聞歌の多い歌集であった。 初期から完成された文語によってうたわれる「君」への思いが瑞々しい。 第三歌集『花の線画』(2007年)、第四歌集『金の雨』(2012年)では、あらわな相聞歌は影を潜め、動植物への細やかな観

          横山未来子の歌集を読む~主に『とく来りませ』のテーマと文体について~

          井戸を隠して

          中年のぼんやりとしたししむらがファッションビルの扉にうつる スタバなどなかりし頃のおもかげが少しは残る駅前をゆく ふるさとに住めばをりふし若き日の己の影に疎外されをり 振り返るときに明るしそれなりに悩みもあつた高校時代 女子高の文芸部にて知りあひて女性牧師となれる人あり 少女漫画の貸し借りしたる日はとほくいまとほき地に福音を説く ドーナツを食べて烏龍茶を飲んで何をあんなに話してゐたか 人口は三十万ほど地方都市の都市の部分がペンキ剥げかけ 母となることうたがはず

          井戸を隠して

          わたしの助けはどこから(桜桃忌に)

           太宰治が最後に書いた短編小説である「桜桃」を、2021年の桜桃忌、つまり6月19日に読み返しました。  桜桃忌、というのは太宰をしのぶ日です。1948年、玉川上水で遺体が見つかった日であり、1909年に彼が生を受けた日、誕生日でもあります。  この「桜桃」という小説は、「子供より親が大事、と思いたい。」という書き出しが有名で、久しぶりにインターネットの「青空文庫」で読もうとしたわたしも、その一文を最初に目にするだろうと思っていました。  ところがその一文より前に、こんな言

          わたしの助けはどこから(桜桃忌に)

          「短歌人」2024年6月号掲載作品

          影 雨水きて庭に二月のひかりさし暫し忘れるこれの世のこと 中途退職教師のわれにもう来ない新学期とは四月のひかり 五月のひかり溜まれるメイル・ボックスに〈ヘアサロン虹〉移転の通知 街並は姿を変へる六月のひかりは耳のなかにもおよぶ 十月のひかりの道をたれもたれも今日がいちばん若き影曳く 十二月 影がひかりを駆逐して雪のひとひらづつがこゑあぐ ふりつもる雪の晴れ間の一月のひかりを踏んで郵便局へ ※同人2欄 冨樫由美子

          「短歌人」2024年6月号掲載作品

          寺山修司における【父の不在・母の呪縛】

            年譜的な事実をいえば、警察官であった父・八郎は昭和二十年、寺山修司が九歳のときに戦病死している。母・ハツは昭和五十八年に寺山修司が四十七歳で死去したときも存命であり、告別式の喪主であった。(しかし「わたしは知らないよ。修ちゃんは死んでなんかいないよ!」と言って、出席していないという)。中学生のときに大叔父に預けられて以降、母とは離れて暮らす期間が長かった。 昭和二十九年、「短歌研究」主催の第二回五十首応募作品でデビューしたときの連作「チエホフ祭」の中の一首。「チエホフ祭

          寺山修司における【父の不在・母の呪縛】

          「短歌人」2024年5月号掲載作品

          春の日 ミュシャの絵を見れば思ほゆ棺桶に寝てゐたといふサラ・ベルナール 絵の前にたたずむ人も絵になりて常設展のモネの「睡蓮」 歌ひながらショパンを弾けるピアニスト「猫のワルツ」を幸せさうに 制服のスカートすこし寒かりし春の日ジョルジュ・サンドを読みき 公園に夕暮れは来て遊具らはめいめいの影曳きて静まる 樹木へと歩みを進めゆくときの気後れに似たためらひひとつ 暮し分かちあはざる逢ひは美しき記憶となりて吾を苦しめる 同人2欄、冨樫由美子

          「短歌人」2024年5月号掲載作品

          森比左志さん歌集『月の谷』

          2018年11月9日に、大好きな絵本『はらぺこあおむし』(エリック・カール作)の翻訳を手がけた児童文学者の森比左志さんが逝去されました。森さんは、わかやまけんいちさんらと「こぐまちゃんえほん」シリーズの集団制作もされています。 逝去を報じる新聞記事で、わたしは森さんが歌人としても活動されていたことを知りました。 短歌と児童文学の両方が好きなので、ぜひ森さんの短歌を読んで見たいと思ったのですが、歌集はどれも絶版でした。 そんななか、メルカリで第五歌集『月の谷』(2008年

          森比左志さん歌集『月の谷』

          「短歌人」2024年4月号掲載作品

          08 「08珈琲」その店名の由来知らずまた「イチハチ」と言ひまちがへる 図書館の裏手の旧き建物の二階にありてしづかなる店 珈琲に詳しくあらずいつ来ても頼む「季節の珈琲」ひとつ 夕闇が窓に迫りてくるころをタルト・タタンにフォークを入れる ナナハチぢやあなくて一か八かでもなくてなくて08珈琲ここは 一人でも二人で来てもいい店だ図書館通り見下ろせる窓 すこしだけ秘密をわかちあひたくて小声になつてゐるわたしたち

          「短歌人」2024年4月号掲載作品

          「短歌人」2024年3月号掲載作品

          ポタ ぽつぽつと零す言の葉カフェラテのカップを覗き込むやうにして 空つぽになつて何かを待つてゐる誰かではなくあなたでもなく 冬の朝のひかりとともにかき混ぜるコーンクリームポタージュスープ ポタージュのポタの部分が旨いのだ木のスプーンがさう言つてゐる ぽたぽたと落とす涙はくやしさのなみだ ここから出られぬことを ここは何処ここは辺境おほごゑに泣いたところで届かぬほどの ひとまへで号泣をしたことがある若き日夭き死にかかはりて ※同人2欄 冨樫由美子

          「短歌人」2024年3月号掲載作品

          源氏物語エッセイ「彼女たちの声」

          「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」。  六百番歌合の判詞として残る藤原俊成の言葉が、ずっと耳に痛かった。歌を詠み始めて約三十年間、源氏物語をきちんと読んだことがなかったからだ。(幾つかの漫画などで概要は知っていたが)。  しかし来年2024年のNHK大河ドラマが紫式部の生涯を扱う「光る君へ」であることから、放送が始まる前に今年こそは源氏物語を通読しようと決意した。  といっても原文では歯が立たない。数ある現代語訳の中から私が選んだのは『源氏物語 A・ウェイリー版』(左右

          源氏物語エッセイ「彼女たちの声」