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失敗する権利 ~沖縄の知的障がい者施設から~

「失敗する権利」という言葉が忘れられない。

「健常者でもおかしな人はたくさんいるし、失敗もするでしょう。障がいを持つ人だって、失敗する権利があると思うんです」

と言ったのは、知的障がい者施設を複数運営する社会福祉法人 海邦福祉会・理事長だ。(私はこの施設のnoteを書いており、毎月取材に行っている)

「失敗する権利」と言われた時、咄嗟に2歳の息子が頭に浮かんだ。
息子は絶賛好奇心が爆発しており、あれもこれもやりたい、触りたい、もっと遊びたい、あっちの道を通ってみたい、と要望がすごい。正直かなり面倒くさい。

おもちゃも包丁も私の化粧品もウォーターサーバーも雨もゴミも、息子にとってはすべて遊び道具で、その見境ない好奇心は親にとっては結構恐怖である。包丁には指一本触れさせないし、ウォーターサーバーの熱湯はロックしてある。裸足で家を出たがる息子に「足イタイイタイだよ」と靴を履かせ、駐車場は危ないので抱っこする。

これらは養育者としての義務であり、私は息子を守っているのだと思っていた。

だけど「失敗する権利」という視点で見るとどうだろう。包丁や駐車場は守ったと言えるかもしれないが、ウォーターサーバーのロックや裸足で歩かせないことは、もしかしたら「失敗する権利」を奪っていたかもしれない。

以前読んだ本に、赤ちゃんに熱くなりかけたストーブをわざと触らせる民族のことが書かれていた。その民族はとても寒い場所にテントを張って暮らすため、ストーブが必需品らしい。こうやってストーブが熱いことを覚えさせておけば、大やけどを防げるのだそうだ。

となると小さな失敗を何度も経験させた方が、取り返しのつかない失敗を回避できるのかもしれない。だとしたらやはり失敗は権利である上に、長い目で見て守ることにも繋がる気がした。


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とはいえ、福祉で「失敗しない権利」を守るのはとても大変ではないか。

預かっている利用者にはそれぞれ親がいるのだ。中には怪我ひとつさせて欲しくない人もいるだろう。そういう親御さんに焦点を合わせた方が、クレームのリスクは防げるはず。実際そうしている施設も多いだろう。

だけど海邦福祉会では、それでも失敗する権利を大切にする。積極的に外に連れ出し、未知のものに触れさせ、重度の利用者が多い入所施設にも、施錠や隔離を一切行わない。

理事長は職員によく、こんなことを言うそうだ。

「命だけ守ってくれたらいいから、どんどん挑戦して」

その口癖が浸透するまで、かなり時間がかかったらしい。
前理事長(実の父親)は「挑戦するな」を掲げていたからだ。「挑戦するな」から「挑戦しろ」とは、かなりの改革だ。もはや別施設である。当然反発があった。多くの職員が辞めたらしい。

「挑戦するな」から「挑戦しろ」に改革するということは、理事長が先陣を切って挑戦したということでもあった。理事長はあらゆる提案が却下されながらも、多くの改革を行った。

たとえば、これまで入所施設(利用者が入居し、支援者のサポートを受けながら生活する施設)にいた軽度の利用者をグループホームに移し、社会に触れさせた。その代わり入所施設にはより重度の人を入れるよう促した。

職員の仕事は大変になっただろうから、多くの人が辞めたのも致し方ないだろう。それでも理事長は、信念を曲げなかった。

以前、理事長が語ってくれた前理事長(父親)とのやりとりが印象的だった。

「アホな二代目がいいのか、それともどんどん勉強して経験値を高めて、それらを活かしながら経営する二代目がいいのか、どっちがいいかと迫りました。そしたらなんて言ったと思います?前者で、と言われたんですよ。今の状態を維持したいと。それを聞いた瞬間、ガクッとなりました」

これを聞いた時、私は「まじか」と思った。私だったらもうええわ!って辞めるかも。だけど今、理事長は理事長として海邦福祉会にいて、「失敗する権利」について語っている。


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別の機会に、職員の方に「心掛けていること」を尋ねると、こんな言葉が返ってきた。

「支援しすぎないことですかね。支援しすぎることで、その人の人生を奪ってしまうことがあるから」

「失敗する権利」マインドが、社内に行き渡っていると思った。働く人が、ちゃんとそのマインドを自分のものにしていると。それは理事長が時間をかけて築き上げたムードであり、そのムードが法人全体を包み込んでいる。

別の職員の、こんな言葉も印象に残っている。

「福祉の世界ではよく『利用者さんの意思決定を大事にしましょう』ということが語られるんですが、意思決定を大事にって言うわりに、働く側は好きなことをやってない。それって矛盾してると思うんです。職員が自分の意思で決めた恰好をしていないのに、利用者さんに自分で決めましょうって言えるか?って思う。だから、僕は好きな色に髪を染めます」

(この方は髪の毛を緑色に染めており、「法人イチ”チャラい”職員」と言われている)

なんというか、とても脳みそが自由だと思った。ありきたりな言葉でいうと本質思考だなと。

失敗を「権利」だという理事長も、支援しすぎを懸念する職員も、自らの意思で髪の毛を緑色に染める職員も、私が持っていた「福祉」のイメージから大きくかけ離れている。そして海邦福祉会に足を運ぶたび、そのイメージはどんどん自由になっている。

おそらく私の中で自由度が増していく福祉業界のイメージは、平均的な福祉施設とは乖離しているだろう。だけど私は、私のこのイメージが、全国に広がっていけばいいなと思う。いずれ誰もが「失敗する権利」を大切に思う福祉が、いや、社会が、一般的とされる時代がくるといいなと思う。まずは私が、目の前の息子の失敗を歓迎しよう。


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