<起業家を目指す>”大副業時代”。逃げてもいい。何度でもチャレンジできる社会を作りたい!戦場カメラマン社長の起業奮闘記。
1985年愛媛県生まれ。大学卒業後、国際人道支援組織JPF広島駐在所職員としてミャンマーなどに難民支援、自然災害の緊急支援に携わり、2011年から地方放送局でテレビCMの製作やアンパンマンショー、水族館など9年間に渡り、イベントディレクターをしていました。
そして、2019年12月。
株式会社を設立!
私自身ポンコツ会社員で、たくさんの方にご迷惑をおかけしましたが、
そんな自分の体験も含めて許容できる社会を作りたい!と思い起業しました。
株式会社クリエがやってること
Webメディア事業、地域創生事業、国際支援事業の3つの事業を展開
鳥取県境港市にある株式会社カツキ様と連携し、紅ズワイガニ直送サービスの開発や、、「頑張るあなたを応援する」をテーマに、女性起業家を取材するサイト「YumeTamago (http://yumetamago.net/)」を運営。
国際支援事業では、「幸せのシルクスカーフ」というアパレル事業をクラウドファンディングを用いて行っています。
地域と東京をつなげる新コミュニティ Yume Tamago
逃げてもいい。
何度でもチャレンジできる社会を作るために
10代の頃は普通の女子でしたが、
テレビマンを目指し、ひたむきにカメラを練習していた20歳くらいの頃に
先輩に、海外に撮影たびに行かないか、と誘われました。
イラン??
ペルシャ湾があって、綺麗な国だよ。
そんな言葉に誘われて足を踏み入れたのが最初。
確かに綺麗な国だった。
↑世界遺産のブルーモスク。
そこからはすったもんだありまして、、
どんどん僻地へ連れていかれて、気づけば紛争地に足を踏み入れていたわけです。。
今回は本題ではないので、、別の機会に。。
戦場カメラマンレポートはこちら
さて、戦場カメラマンをやることになり、地雷が埋まっていたり、ミサイルが飛んでくる環境の中で多くの方たちが亡くなるのを目の当たりにして、死生観が変わりました。
私はよく「生き急いでいる」と言われるのですが、人生100年時代とはいえ、本当に人生が100年なのかは誰にもわかりません。それが明日かもしれないし、80年後かもしれない。そう思ったら走り続けるしかなかったんですね。
戦場カメラマンの後は、
ご縁をいただき地方のテレビ局に入社。8年間、がむしゃらに働いてきましたが、紛争地を駆け回っていたときに「大切にしていたこと」がどうしても忘れることができず、
自分の中で「このままで良いのか」という想いが大きくなっていきました。テレビの力は確かに魅力的ですが、自分で発信する「メディア」を作れば、もっと伝えられることの枠を超えられるのではないかと思ったのです。
メディアを自分で作れる技術が欲しい、と思った時に、東京オリンピックが開催されメディアが進化をしていく東京で、自分もWebメディアを作りたいと、テレビ業界を退職して上京する決意をしました。
高級シェアオフィス。家賃はめちゃ高い。でも、そんな渋谷のWeWorkをオフィスにもう一度挑んだ。「逃げたくない」という再チャレンジの決意。
実はテレビ局を辞めた後、六本木のWeWorkにオフィスを構える企業に入社したのですが、地方と東京は全然温度感も違って、大変苦労をしました。たった数カ月でしたが、電車にも乗れなくなったうえ、コンビニも怖くなり、対人恐怖症やうつを発症していたのだと思います。あまりにも症状が重く、医者に会うのも怖くて病院も行けなかったことが幸いして…半年ほどひきこもったあとに、自力でこっちの世界に戻ってこれました。
ではなぜ、辛い思い出のあるWeWorkで今回起業をしたのかと言うと、トラウマから逃げたまま新しいことにチャレンジをすることは良くないと思ったからなんです。
今、逃げ出したくても様々な理由で逃げ出せない女性は少なくありません。女性支援をするうえで、そういった方たちに「逃げてもいい。何度でもチャレンジできる」ということを伝えたいと思い、あえて渋谷のWeWorkにオフィスを構えることにしました。
怯えて震える、社長を助けてくれた仲間たち。
再出発に際して、仲間が応援に駆けつけてくれました。
(まんなかに座るのは怖いから、社長だけど右端)
実は、
入居して数日はトイレで急に涙が止まらなくなったり、
特定の場所に行くと身動きが取れなくなるなど、フラッシュバックに苦しみました。
それでも、weworkはスタッフさん含めて周りの環境が素晴らしい。
少しずつ出来ること、居ても辛くない場所を増やしていき、
入居から4ヶ月経ったいまでは、ほとんどの場所に1人で行けるようになりました。仕事でも自信がつきました。
また起業に至っては、弊社の取締役で起業プロデューサーである樋口との出会いも大きかったです。会社員を辞めずに起業できるとアドバイスをもらったことをきっかけに、私は現在も会社員として働きながら、経営者として奮闘しています。
会社員でも自分のビジネスを作り、社長になる”大副業時代”到来。元戦場カメラマン社長の今後の目標は?
「YumeTamago」の女性起業家インタビューを今後3ヶ月で30人分、1年間で100人分を掲載し、読者は3000人を目指したい!
★地域と東京をつなげる新コミュニティ Yume Tamago。目標は300名のコミュニティにすること!
会社員として生き抜ける時代は終わりつつあると思っています。終身雇用制度が崩壊する中、これからは個人で生き抜くための副業や自分のビジネスが必要になってきます。
やってること①起業家を育てるコミュニティに。
自分が起業をする際に感じたのは、あまりにも情報が少ないということ。
一言に起業や独立といっても、種類や方法、東京都や国からの支援も様々。
また、中間マージンをとろうとする会社もたくさんあり、
多くの人がわからないための多額の費用を払っていたりします。
ちなみに私がビジネスを起こすのに使ったのは
30万円くらいです。
もしあなたが50万円以上かけてるなら、、マージン抜かれてますよ。
やってること②日本の農業を元気にしたい!
もう一つ取り組んでいることは、山梨県での
大豆畑つくりです。
これはコミュニティに参加したメンバーの有志によって
みんなで畑を作っています。
地元の農家さんや、フレンチシェフ、
役場の方も一緒になって名産である「あけぼの大豆」つくりをやっています。
いつかはこの大豆を商品化して、
みんなでビジネスを作れたらいいなと思っています。
オンラインコミュニティYume Tamagoで作りたい日本の未来!スキルをシェアする時代に。
そこで弊社は、女性起業家を中心とした300名のコミュニティを作ることを目指しており、会社員というステータスがある今のうちから、「自分のビジネスづくり」をお手伝いをできたらいいなと思っています。
これからますます人口が減っていく中で、経営者からすれば人をシェアする時代に、働く側からすればスキルをシェアする時代になっていくはずです。
そういった中で、今後オンラインだけでなくリアルの交流の場も作り、女性の働き方を相談・提案でき「YumeTamago」をもっと成長させていきたい。
会社員でも自分のビジネスを作り、
社長になる”大副業時代”に大切なのは自分をブランディングする力。
マスメディアを持たずとも
みなが情報を発信し、ものを売れる時代です。
ぜひ一緒に副業時代を乗り越える仲間を増やしていきたいと思っています。
サポートが必要な方は、あなたが可能な方法でアプローチください。
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