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創作|ラブレター

実に冴えない学生生活だった。

学校からの帰り道、聡太は両手をポケットに突っ込んだまま、秋の風に吹かれながら家路を急いでいた。

「さぶっ」

夕暮れ時の秋風は、昼間のそれとは違い、もの悲しく、痩せた聡太の身には冷たかった。

やがて冬が来て、春になり、3月には卒業だ。
大学には行かない。
特にやりたいこともない。
卒業したら、とりあえず爺ちゃんの手伝いでもしようと思っている。

爺ちゃんちは農家だ。
郊外の小さな畑で野菜や花を育て、道の駅なんかに卸している。

小さい頃からそんな爺ちゃんの姿を見てきたから、案外自分にもできるような気がしている。
実際に爺ちゃんの育てた野菜は美味い。




次の角を曲がればもう家だ。

「さぶっ」

聡太はもう一度身震いした。

と、その時。

「あの!」

女の子が飛び出して来た。
角から。

驚く聡太。

「あの、これ!」

女の子は小さな封筒を聡太に押し付け、風のように去って行った。

見覚えがある。
たしか一年の時にクラスが一緒だった松本カンナだ。

とりあえず動揺した。
角を曲がれば家はすぐそこだ。

「どうしよう……」

聡太はその場で封筒を開けた。
中から小さな紙切れが一枚出てきた。
手のひらに収まるくらいの小さな紙。

ずっと好きでした

聡太は思わずそれを食べた。

ただただ驚いて食べた。

誰にも知られたくない。ましてや家族になど。



昨日のことは夢だったのかも知れない。自分なんかのことをずっと好きだったなんて。松本カンナが?俺を?

などと考えながら廊下を歩いていた。

「あの!」

ハッとして顔を上げると、松本カンナが立っていた。
彼女は小さな紙を聡太の胸元に押しつけ、またすぐに走って消えた。

教室は目の前だ。

聡太は思わず読まずに食べた。
その小さな紙切れを。


そんな日々が続いた。
学校でも、あの曲がり角でも。

その度に聡太は食べた。
小さな紙を、読まずに食べた。



ある朝目が覚めると、聡太はヤギになっていた。

「メェ!?」

鏡を見て驚いた聡太は、そのまま駆け出し、爺ちゃんの畑に向かった。

「メェーーーー!」



走って来たヤギを見て、爺ちゃんは全てを察した。

「聡太か?」

「メェ、メェ、メェ……」

聡太はカンナからもらったラブレターをたくさん食べてしまったこと、自分がヤギになってしまったことを爺ちゃんに伝えた。

「大丈夫だよ、聡太。
そもそもヤギは紙は食わん。
ほら、うちの畑の草を食べるといい。
ちょうど雑草に困っていたところだよ」

聡太は草をんだ。 
そしてムシャムシャと反芻した。

「ゥメェー!」



翌年の3月。
卒業式に聡太の姿はなかった。


(1035字)


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