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川の流れのように 美空ひばり エッセイ

「おじいちゃんが亡くなって、もう13年も経つのね」
梅雨明けの午後、セミが活発に主張を始める今日、私はおばあちゃんのお見舞いに来た。
ベッドの横には、生前の祖父と写っている夫婦二人の笑顔の写真が温かくみえる。
一人で座ったり、お手洗いに行く事が難しく、私と話す時はベットに横たわりになりながら、それはゆっくり話してくれた。
最近の祖母は、いわゆる歳で、物忘れが多い。今日や、昨日の事はすぐに忘れる。だが、昔の事は明確に覚えている。

いつもお見合いの時、何を話そうかと思っているが、今日は決めてきた。
「おじいちゃんと何で結婚したの?」

その質問を問いかける私は、独身で、絶賛結婚相手を募集中だ。すぐに結婚出来ると思っていたが、もう30手前まで来てしまった。
「おじいちゃんとはお見合いだったの」
ゆっくり、そう大きくない声で教えてくれる祖母を見て、幸せだったんだろうなぁとしみじみ思った。

「でもね、おじいちゃんとはたった2回のデートで結婚決めたから、何度も失敗したと思ったわよ」
結婚を考える孫に、こんな話をする時が来たかとばかりに、丁寧に教えてくれる。
「勤めていた会社のお友達のご紹介でね、3歳歳上の隣の市の方だという事で、その友達の家で初めて会ったの。初めは悪い人じゃないなぁ、っていう印象だったかな」
そう言いながら、ベットの横にある写真を見つめている。

「二回目はね、中華料理を食べに行ったんだけど、びっくりするくらい頼んで、お腹いっぱいたべろよって言ってくれたの。あんなに炒飯を食べたのはあの日以来無いわ」
口角を上げながら、少しずつ早口になってきている。
「それで?それで?」
「うん、それでね。その後にすぐ結婚しようか、って言ってくれたの。確か、私が22歳の頃だったかしら」
話し相手が私なのにも関わらず、相変わらず祖母は写真を眺めている。

「おばあちゃんはお見合いしたのっておじいちゃんだけ?」
「いや、おじいちゃんの他に二人居たわ」
この答えには間髪入れず、すぐに即答された。
「一人目はね、顔は忘れちゃったけど、日焼けで真っ黒の人だったの。ちょっと無理かなって」
ふふふ、と思い出し笑いをしながら、またゆっくり話し始めた。
「二人目はね、、、あれ?どんな人だったかな?あれ?そう、おじいちゃんが三人目だから、あれ?二人目は?」
そう意地悪そうに笑いながら、でも本当に忘れてしまった記憶の様に話してくれる。
「二人目忘れちゃったけど、なんとなく違うなって思ったの、確か」
そう自分に言い聞かせ、うんうんと寝そべりながら頷いている。

「それで結婚して、すぐに貴女のお父さんが産まれたの」
そうなのか、と私も頷きながら耳を傾ける。

「結婚生活はね、大変だったわ」
おじいちゃんの方を見るのをやめ、私の方に身体を傾け直してきた。
「今だから思うの。人生大変な事ばかりだっなぁって。だって、おじいちゃん遊び人だったから」
初耳で驚く。え、遊び人だったのか。
「だから、何度も浮気されたと思うの。けど、三人も子供産んだし、会社も大きくなって、楽しかったわ」
過去を振り返りながら、分かりやすく話す祖母は、それはそれは楽しそうに、また写真を覗き込んだ。

「何度も道を間違えたかなと思ったし、誰か正解という地図を用意してくれないかなぁって何度も思ったわ」
そんな事を思ったのも若い頃だけだったけどね、と付け足した。
「そうだよね、結婚してからしか分からないよね」
「そうね。でも離れなかったわ。ずっと側に居て、悩んで、一緒に夢の話をして。だから、貴女もそういう人と出会いなさい」

それはゆっくり、芯のある声ではっきり伝えられた。
はい、と言いながらも少し戸惑う。
「・・・いい人が居たらね」
「こればっかりはご縁だからねぇ」
と、きちんと上手い返しまでしてきた。

それから数日後、
祖母を取り巻く状況は悪くなり、会いに行くもネガティブな事ばかりを話す様に変わってきた。
「早く退院するから、貴女も早く結婚しなさい」
その口癖は消える事なく、今に至る。


あの日、祖母が教えてくれた。
"時"というのは、ゆるやかに、止まらずに進んでいく。
その流れに誰と、どう乗るかが大事だと。
そして、その道が正解かどうかは、時代が過ぎないと分からないと。


知らず知らず 歩いて来た
細く長いこの道
振り返れば 遥か遠く
故郷が見える
でこぼこ道や 曲がりくねった道
地図さえない それもまた人生
ああ川の流れのように ゆるやかに
いくつも 時代は過ぎて
ああ川の流れのように とめどなく
空が黄昏に 染まるだけ

歌:美空ひばり
リリース:1989年
作詞:秋元康
作曲:見岳章

チョコレートに牛乳

追伸
全国の入院されている方へ
今はコロナの影響で面会が不可能だと聞きました。
親族の顔が見れないほど、気分が落ちる事は無いと思います。
だから、一日でも早くコロナが落ち着き、面会に行く事が可能になりますように、祈っております。

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