全部私が叶える
楽しみにしていた予定が相手の事情でキャンセルになった。
連絡が来たとき職場での休憩時間で、私は念入りに化粧直しをしているときだった。
「なんだコイツ」
声には出さず呟いてメイク道具をすべてポーチに戻す。
職場に不似合いなキラキラのまぶたも、靴擦れし始めてるピンヒールの靴も無意味なものになった。
今回は体調不良だと言うからしょうがない、しょうがない、と自分に言い聞かせる。
無理だ。
自分でも驚くくらいムカついていた。
体調不良は本当にしょうがない。
むしろその状態で来られては困る。
そこじゃなく。
この予定に関してのキャンセルは2回目だった。
前回は理由も特に言われず、ただリスケさせてほしいと連絡が来た。
だから今日になったのだ。
そのときからすでにムカついていた自分に今頃気がつく。
私は職場の飲み会を断って(最初から行く気はなかったけど)、今日のこの予定に照準を合わせてきた。
同僚達と飲みに行かなかったのも、職場で浮くほどのおめかしをしてきたのも、それほど楽しみにしていたのも、私が勝手にしていたことではある。だから相手を責めたりはしない。しないけど。
同僚達に予定が空いたことは言わず、靴擦れが酷くなりつつある足をごまかし颯爽と退勤。
最高の予定があるかのようなフリは、ビルを出るまで崩さなかった。
痛い
悲しい
寂しい
悔しい、悔しい、悔しい!!!!!!
化粧直しを途中で止めたことで、片方だけ大粒のグリッターが光るまぶたがより惨めにさせる。
キャンセルを知るまでの私は、あんなにチャーミングで美しかったのに、どうして
悔しい、という気持ちがこんなにも強く湧き出てきたのは、今日の予定が楽しみだったというより「コミュニティがたくさんある私」「忙しく、充実している私」「楽しみな予定がある私」を見せつけたかった。
私を大切にしなかった人に。人達に。
そして何より自分に。
それが出来なくなったから。
帰路で、激しい感情を好きなだけ(心の中だけで)暴れさせていたら、家に着く頃にはほんの少し落ち着いてきた。疲れからかもしれない。「自分の見栄に気づけただけで良かったとしましょうか。成長したな、私」とさえ思えてきた。
さっさと、化粧を落とそう。
靴擦れはかろうじて傷にはなってない。一日頑張ってくれてありがとね。念入りにマッサージしてあげる。
部屋を暖かくして、とっておきのワインを開けて、読みたかった本を読もう。ちょうどマンスーンさんの本が届いたところだった。推し武道の新刊も買ったばかりだ。
見栄を張るためではなく私が心から楽しんだりリラックスできることって、本当はすごく地味なことばかりだ。
そんなの、全然、全部叶えられるじゃん。
叶えてやろう。世界で一番大切な私に。