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女の前に母、母の前に人間、でありたい

やはりまた起きてしまった 子が置き去りにされて その小さな命が無くなってしまった。
生活の為に置いて仕事に出かけたと聞けば これまでのように、男の元に入り浸った、彼氏と二人だけでのんびりと居たかったと言うような身勝手極まりない言い分とは違って聞こえてしまいがちになるけれど やっている事はに違いはないと思う
一人で食べる事も出来ない幼子を何日もの間部屋に閉じ込めたら何が起こるか想像力が低い人間であってもわかる事である。

育てる能力が無いのに 産もうと決意させるものは何なのでしょうか

子の父親である男を引き留めたい

一人ぼっちの自分の慰めにしたい

もう産むしか方法が無い時期まで来てしまった

あるいは 生まれる前までは母親として愛していこうと‥‥愛していけると‥‥思って産んだのかもしれない。一瞬でも女から母親の気持ちにになった瞬間があったかもしれない。一時でも愛おしいと思う事でもなければ悲しい限りです

世間には意見も様々あるし あって当然と思いますが
やはり子供に関しては自分の身体の一部を分けて産み落とす母親が一番責任があるのでは?と思いたいのです。
男親はどこに?責任は?と母親以外の責任を追及しても 悲惨な事になってからではすべて遅いのだと思います
夫や親族が居たとしても子供を育てるにはお金と精神力が想像以上に必要です。どんな境遇でも母で有り続けろではないのです
どうしたらこの子は生き延びれるのかと考えて行動するだけでも親であると言えるのではないでしょうか

産まない選択肢も必ずしも否定できません
望んでも親になれない人の元に行くのも その子にとっては運命だったのかもしれません。
どこかにいる誰かの生きる希望になる事だってあると信じたいです

母になった以上責任は果たさなければならない
それは育てていく事だけではなく どうすればこの子は生きて行く事が出来るのか 道筋を考えるのも親としての義務であると思います

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