村長の引継ぎ⑭
《体験合宿》
結婚後は、夏の自然学校の準備と、合宿授業の支援で忙しかった。
いつのまにか暑い日々が始まり、村のあちこちでヒマワリが咲き乱れ、セミの鳴き声で村中が静まっていた。
一度、合宿の準備で議論になったことがあり、それは生徒たちの食器をどうするかということだった。朝昼晩の配膳片付けの簡便さや効率を重視すれば、ワンプレート型がよかったが、そうした面倒も教育の一環であり、茶碗お椀におかずの皿数種は日本の魂であるという村上さんの主張も頷けるものもあった。
村上さんは飲食店での経験から、ワンプレートで食事を出すのは信じられず、合宿でも子供らが協力して盛り付けたり配ったり片付けたりする風景しか目に浮かばないということだった。
一方山田さんは沢山の子供らが動くので必ずこぼしたりする子が出るのと、一日の時間は限られているということでワンプレート派だった。彼も合宿を手伝うので、二週間三食十七名分の配膳を思うと面倒さが先に立っていた。
河野さんの行司でふたりの意見を書き出していったところ、結局は山田さんのものぐさに行きついたので、合宿隊長の唱える日本の魂に軍配が上がった。そもそも村上さんのレパートリーは丼や汁物も多いので、議論以前の話ではあったが。
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春に体験合宿をした生徒ら十五名が一人の欠席もなくやってきて、そこから二週間の合宿となった。話では合宿に参加すると、学校の夏休みの宿題が免除されるということで、子供らは十二分に自然を楽しむことができた。
まずは集団生活のための規律に慣れることと、山菜取りや渓谷の魚釣りや、畑仕事の手伝いなど、自然と十分に接しつつ生きて行く術を覚えることと、自然の中の生物の生態を知ることなど、村上さんの指導で毎日があっという間に過ぎ去っていった。
もちろん山田さんによる昆虫の話と、私は果物の品種改良の話をして、子供らに精いっぱいの知識を伝授していった。
しかし、二週間ともなると、日々重ねるごとに心配になる親も増えてきて、特に一人っ子を送り出した両親から役場への確認の電話が何度もあった。応対しているうちに、前日や今日の合宿では何があって、明日の合宿では何をするかなど、細かな話を、合宿の手伝いだけで暇になっている山田さんより聞き出して、両親の不安を取り除いたりしていた。
ほぼ合宿の親達からは一度は電話があったが、全くなかった生徒が二人いて、どちらも兄弟姉妹が多い家庭だった。
一人くらいしばらくいなくてもなんとかなるという環境で育ったのだろう。二人はちょっと危険なことも平気で、いつのまにかリーダーのような役割をしていた。
一度、渓谷の水源まで探検し、飲み水の成り立ちを教える授業があったが、低学年の男の子が行方不明になり、村上さんも焦ったが、その二人のリーダーが手分けして探し当てたことがあった。渓谷なので一本道で迷うことはないのだが、彼はおしっこをするのに適当な場所はないか周囲を見ているうちに沢の凹みを発見し、そこに入ったところ、その穴の上方から垂れ下がる木の根にリュックが引っ掛かり、無言で格闘していたのだった。
そうして二週間が過ぎ、村上さんは十五名の世話で毎日朝から晩まで駆けずり回り、夜中は一人でお手洗いに行けない子もいたので、睡眠もままならず、最後の晩は子供らと別れる淋しさと、体力の限界とで、焚火の周りでぼーっと座っていた。
生徒らも、別々の小学校から来ており、生まれて初めて別れの辛さを覚えた子らも多く、半数ほどが泣きじゃくって、私も最後の晩は一緒に焚火を囲んでいたのだが、ついついもらい泣きしてしまった。
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翌朝、ゴミの施設前で全員整列し、有難うございましたと声をそろえて挨拶して、体験合宿と同様に先頭に村上さん、最後尾に山田さんの隊列で下山していった。
下方に見える山道の曲がり角まで分校の生徒とも別れを惜しんでいた。
合宿は子供らの一生の財産だなー、と隣にいた副村長が珍しくまともなことを話したら、河野さんが、鮒もやっとわかったんかと言ったもんだから、この野郎とごみ施設の前で追いかけっこが始まった。
若くて素早い河野さんに追いつくことができず、副村長は施設の水はけで転んでしまい、しばらく唸っていたので、安田さんが彼を背負って戻ることになった。
午後になって山田さんと村上さんが戻ってくると、山のふもとで子供らを見送った後、菅野の親父さんがパチンコ店隣の居酒屋から出てくるところを見かけたという話だった。彼は店からふらふらと出てくると、けもの道に入っていき、猛スピードで駈け登って行ったとのことだった。
別に悪いことをしていないんだからいいじゃないというと、そうじゃなくて、財布を落としていったので、村長から届けてもらえないかとのことだった。
仕事帰りに届けにいくと、財布を見て、あっと頭を掻いて、月一の楽しみで、と話してくれた。パチンコが終わると、その隣の居酒屋で一杯飲んで、酔った勢いで暗い山の中を駆け上るのが、スリルがあると話していた。
面白そうだったが、菅原さんの奥さんが庭で水撒きをしながら、聞き耳を立てていたので、話はそれだけで終わった。
【村長の引継ぎ】
最初の話:村長の引継ぎ①《着任の日》
前の話:村長の引継ぎ⑬《結婚式とその後》
この話:村長の引継ぎ⑭《体験合宿》
後の話:村長の引継ぎ⑮《もう二組の結婚》