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とても短いお話

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超短編小説。気が向いたら書きます。
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2017年12月の記事一覧

ノックの音

「ここのところずっと、激しい頭痛が止まないのです。頭の奥から激しいノックの音がしているみたいなんです。」

若者が症状を伝える。男はそれを虚ろな表情で聞いていた。
男は内科医だった。先週からずっと、同じ症状を訴える患者ばかりだ。

原因や治療法が分かるんだったら、こっちが教えて欲しいくらいだよ。
声には出さない。

若者は症状を細かく説明するが、そんな必要は無い。男もずっと同じ様に、頭痛に悩まされ

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寝不足

男は酷く寝不足だった。

幻覚と呼ぶにはチープで単純な白昼夢を従え、パソコンの画面と延々、勝ち目の無い睨めっこをしている。画面には最近話題になっている事件に関する記事が次々と映っては消え、流れ、変化している。男はそれを流し読みし、必要な物だけをピックアップし、新しい情報を探している。あくまでも、何処までも、そのつもりだったのだ。

男が集めた情報の半分以上、いや、九割近くは、強大な睡魔が生んだ荒唐

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ある長靴

雨の日、男は長靴を履いて出かけようと玄関にいた。

案の定、長靴からは水が溢れていた。

その長靴は、足が濡れるのを防ぐという役割を放棄するどころか、足を濡らし湿らせ水浸しにするために、雨の日になると中を水で満たしていた。
こんなに足が濡れてしまったら、もう傘もささなくて良いのでは、と思うほどだ。

男はこの清々しさがどうしようもなく好きで、雨の日には好んでこの長靴を履いた。勿論、傘はささない。雨

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渦巻く夜

その夜も、どうにもなかなか眠りに付くことが出来ず、暗い布団の中で、左手の親指の指紋をぐるぐると目で追っていた。

これは長年不眠症で苦しんだ私が編み出した、自己流の睡眠導入の方法である。眠れぬ夜の指紋の渦巻きは、決まって螺旋構造をしていて、それを辿ることで、深く深く潜るように夢の底にゆっくりと導かれる。その道は力強い一本道で、私は迷うことなくひたすらぐるぐると進む。ただし、考え事などにより一度道を

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