【今 人】 (イマジン)
(はじめに)
この物語(てのひらの小説)は、各話、読み切りです。連作ではありませんので、ご注意を。
また、このnoteの使い方がいまだにわかりません。
ですから、ただ各話ごとに、1、 2、3……と、書いていきます。
👣マークがあれば、「ここで、このお話終わったよ」という意味です。
さらに、どの番号(数字)からどこから読んでいただいても、さしつかえありません。
100文字小説があったり、ちょっとだけ長めのものもあります。
では、紙葉ワールドのはじまりです。
(´∀`*)ウフフ
1 【おくりもの】
「今日、あのヒトから最高の贈り物をもらったよ」
「それは何?」
「それは……あたしの気持ちの区切り……」
👣👣
2 【クレーム】
全宇宙文書管理機構が、短篇コンテスト主催者にクレームをつけた。
勝手に「花言葉」をお題にしてもらっては困る┅┅。
その理由は……無垢な人々を、いたずらに郷愁へと駆り立ててしまうから。
もう地球には、一輪の花も残っていない┅┅。
👣👣
3 【段取り】
会話の段取りというものには、とくに決まりはない。……喋りかけたら無視しないで答える。それを繰り返していけば、会話が成り立つ。それほど深く考えなくてもいい。
「そうだよね」
と、チャーリーが言った。
ニュースでは、豪雪に悩まされる一帯があるとおもえば、暖冬のエリアもあって、これも気象の異常かもしれないなどといっている。
「不思議だね」
チャーリーがまた言った。
冬があったかくなれば、いいことばかりではないようだ。
チャーリーは、隣に佇んでいるお父さんに、
「どうして?」
と、聴いた。
「うーん、そうだな、雪が降らなければ、雪だるまも造れない。造っても、すぐ壊れてしまうし」
お父さんの答えは明快だ。
なるほど。
さすが、お父さんだとチャーリーは感心した。
「ねえ、雪だるまにも、お父さん、お母さんがいるのかなあ?」
「さあ、それは、造った子らが、女物の帽子やマフラーを巻けば、お母さんになるし。ちいちゃな雪だるまなら、それは、こどもだな、たぶん」
なるほど。
さすがだとチャーリーはおもった。
「じゃ、どうして、ぼくは、チャーリーなの?」
「……それは、おまえを造った子の一人が、おまえの胸に、『チャーリー』と書いた名札をつけたからだよ。あっ、今日は、あったかそうだから、溶けるのが早い……また、会おうな、いつの日か……」
そうだね。
そうチャーリーは答えながら、隣の〈パパ〉と書かれた名札が溶けて落ちていくさまを眺めた。もう少しだけお喋りをしたかったのに……。
でも、溶けても、いつか、天にもどって、また、雪になって落ちてくるんだもの。そのときに、再会できればいいな。
静けさが身にしみるのに、チャーリーは寂しくはない。むしろ、溶けかけた頬のあたりが、なんだかむずがゆくて、そのことに妙にそわそわしている……
👣👣
4 【約 束】
約束というものは破るためにある。だから、誰にもかれにも、どこでもいつでも、ぼくはテキトーに約束をしまくる。
ああ、いいよ。
もちろんだとも。
オッケー、まかせておけよ。
絶対にそうするよ……。
それが口癖。
……だから、誰に、何を、どう言ったのかすら、覚えていない、おぼえきれない。
そんなぼくの評判は……
「あいつは……必ず約束を守るやつだ!」
と、いうことになっている。
つまりは。
当たり前のことを当たり前のようにしていたら、いいのかも。
あ、そういえば……。
もう一つ、ぼくの口癖が……
『約束を守るやつだって強調しておいてね』
みんな、とっても、いいやつばかりだ……
👣👣
5 【信頼度】
信頼できる相手は……一人もいない。だから、仕事の相棒は、そのつど派遣会社に依頼する。事が無事、終われば、それでお別れ。これが手っ取り早いし、後腐れもない。
今回の仕事では……三人が必要になる。
こちらが求めるスキルを的確に指示すれば、優秀な人材を派遣してくれるのだが、期限が迫ってもなんの音沙汰もない。
滅多にないことだが、オレは派遣会社に連絡した。
すると……
「申し訳ないですが、あなたが保持されている信頼度指数が、こちらの規定以下になりましたので、今後、お取引はできかねます……」
オレはブチ切れかけた。
「なにぃぉお……このオレを信頼できないというのかぁあ!」
と、怒鳴ってみたものの、急にむなしさがこみ上げてきた。泥棒歴二十年のオレには、プロフェッショナルとしての矜持というものがある。でも、世間からの差別やヘイト発言には慣れている。こんなとき、ふとおもう。信頼できる相手は……一人ぐらいはいてもいいんじゃないかと。
「嗚呼、ついにこのオレも……信頼度が物書き以下に成り果てたのかぁ(涙)」
👣👣
6 【雨 音】
梅雨入りしてからニ百五十年。
すでに「梅雨」は死語になっているので、梅雨明け宣言もなにもない。
それでもごくたまには、降らないときもある。
……そんなとき。
とてつもなく不安にかられる。
おどおど、そわそわ、ざわざわ……
「おい、大変だァ! 雨音が聴こえないなんて、不吉だぞぉ」
👣👣
7 【呼んだら呼んだで……】
「早く呼べ、私を呼ぶんだ、さあ、そうすれば、願いを三つ、かなえてやるぞ」
声がした。
厳かな響き。からだがしびれてしまうほど、充ちた気分になる声……
誰だろう。
呼べと言われても、誰を呼ぶのかわからない。何といえばいいのか、わからない。
「なにをしている……早く呼べ」
声が大きくなった。
そこは、どこか遠くの見知らぬ街・・・・行き交う人は、みんな幸せいっぱいの顔つきをしている。
「ええと、誰なんですか?」
「だ、か、ら、私を呼べと言っているんだ。早く!」
「え……?」
意味が分からない。
呼べと言われても、目の前にいるじゃないか。
サンタクロースのような長く白い顎髭。へんな帽子をかぶって、手には長い杖。
「ええと……失礼ですが……あなたは……?」
「だから、さっきから、私を呼べと言っているじゃないか!」
「呼ぶも呼ばないも、目の前に、いるではないですか?」
「おまえ、理屈っぽい奴だな。とにかく、私を呼んでみろ」
「は……?」
「ほら、見てわかるだろ? さ、早く?」
「え……? 仙人? 神様? なにかの霊?」
「ええい、どれなんだ? はっきりしろ?」
「は……? 呼べば……どうなるんです?」
「私を呼べば、おまえの願いを三つ、かなえてやる。さ、早く、私を呼べ」
身なりから言えば、仙人かも。だから、そう呼んでみた。
すると、
「よし、いいぞ。じゃあ、次は、おまえの願いを三つ、言ってみなさい!」
「え……? 言えば、かなえてくれるんですか?」
「さっきから何度も言っているだろ。さ、言え、言ってみろ!」
さて、何を願おうか……あれも、これも……と考え出すとキリがない。
「あとがつかえているんだ。さあ早く言え!」
ああ、どうしよう、ええいと、一つ目の願いを口に出した・・・・そのとき、目が覚めた。
なあんだ。
やはり、そうくるんだな。ここは苦笑するしかない。夢というものは、そういうものだから。
コーヒーを飲もうとキッチンにいくと、夢の中で見た白い顎髭の仙人? がこちらをじっと睨んでいた。
「コラ! 途中で消えてしまうとは、礼儀知らずもはなはだしい!」
目の前の仙人? は、いまにもぶちキレそうにこちらを睨んでいる。
「は……?」
「は、とは何だ。さ、寝ぼけてないで、早く、願いを三つ、言え!」
でも……。
夢の中では、確か、一つ目の願いを口にしたような……。
でも、一体、なにを願ったのか、願わなかったのか……。
思い出せない。
ああ、どうしよう……。
「もう、じれったい奴だな。さ、早く、言ってみろ。これでも忙しいんだ。わしを呼ぶ声が、ほら、あちらこちらから聴こえてくる」
「え……? 呼ばれているんですか? 誰に?」
「ふん、おまえの耳には聴こえんさ。そんなことはどうでもいいから、さ、願いを言え……な、早くしてくれんかね」
イラ立つ仙人? にせかされて、ついに一つ目の願いを口に出した。
「す、すみません、では、とりあえず……さっきの夢の続きを、みせてもらいたいんですが……」
👣👣
8 【胃の中の蛙】
飼い始めて、かれこれもう三か月になる。
……最初の頃は、胃の中の蛙(かわず)が動くたびに、ドキリと鼓動が高鳴ったのだけれど、いまではすっかりなんの違和感もない。ほんとに自分の胃の中で蛙が育っているのかすら、考えることもなくなった。
けれど、“充実のアフターケア”を謳っているだけあって、週に二度は、
『……その後、体調のほうはいかがですか?』
と、メールが届く。そのつど、
『おかげさまで、すっかりよくなりました。ありがとうございます』
と、返信する。
事実、病床にあった半年前と比べると、別人のように顔色もよくなり、からだのあちこちの痛みもウソのようになくなった。
それこそ、会った人は、みんな驚きざわめき、
『良かったね、本当によかった……』
と、祝福の言葉を投げかけてくれる。そのつど、〈元気の素〉を率先して薦めるようにした。
この〈元気の素〉は、ネットでオーダーすれば、密閉された小さな容器で届く。中には透明の液体が入っていて、二ミリほどの小さな小さなおたまじゃくが泳いでいる。胃の中で成長を続け、変態を遂げて、蛙になる……らしい。
そうして胃のなかにできた悪いものをパクパクと蛙が食べてくれるのだ。
しかも。
細い透明のような触手のようなものを次から次へと出すのだそうだ。毛細血管のなかを廻り巡って他の臓器や骨、首から手足、さらには脳内にまで触手をのばして、人体に悪影響を及ぼすものだけを選別してパクパクと食べてくれる……。
至れり尽くせり、まさに、心身が健康体に、よみがえるわけだ。
……それからまた数か月が経った頃、周りで不審死が相次ぐようになった。
原因は不明なのだが、ついさっきまで元気に道を歩いていた人が、突然、木乃伊《みいら》のようになって、干からびて倒れていく……のだそうだ。
さまざまな情報がリアルとネットを掛け巡ったのだけれど、この先、どうなるのかは、まだ、誰にもわからない。
……この時点で言える確かなことは、蛙に似た異星人によって占領された人類は、まだ当分の間は、生かされるだろう、ってことだけ。
どうやら、私は、やつらの栄養源にされてしまったようだ……。
👣👣
9 【卒業名簿】
吐き気が止まらない。
(ああ、どうしよう……)
どうもこうもしようがないと分かっているだけに、よけいに咳き込む。
紛失してしまったのは、募集した三次通過者名簿。誰がネーミングしたのか今となっては不明だが、誰もがこぞって〈卒業名簿〉と呼んでいる。
略して〈卒名〉。
ここに記載されれば、ようやく歴史にその名を刻むことができるからだ。
預かった〈卒名〉を紛失したからには、もう、ぼくのキャリアもおしまいだ。せっかく、下読みさんのあの地獄のような単調な日々から卒業できたばかりというのにな……。
「おい、卒名は……ちゃんと直接手渡したのか?」
部長がぼくの顔を見るなり、訊いてきた。
「な、いまの時代、メールや添付は危険だからな。誰がハッキングしてるとも限らない。わかってるだろ? キミも先月まで下読みさんだったろ?」
「ええ……も、もちろんです」
「な、下読みのやつら、ろくな仕事をしないからな。敵の行動を下読みできないなんて、仕事してる意味がない」
「そ、そのとおりです」
「な、この前なんか、こちらに内通している二重スパイを〈卒名〉に載せてしまって、おおごとになったぞ!」
「ま、まさしく……おっしゃるとおりでございます」
そう答えながら、部長に〈卒名〉をさりげなく渡した。
実はぼくのミスで〈卒名〉を紛失したものだから、勝手に思いつくままにぼくが名を記載したものだ。
「おい、今回の三次通過者は何人だ?」
「ええと、12人でした」
「ふうん、少ないほうだな。ま、ここから上層部が三名を選び、スナイパーを差し向ける……その手配も頼むぞ」
「は、はい……あの、一次通過者は何人なのですか?」
「あ、それは国家機密だから、キミは知らないほうがいい」
いつものように無愛想に部長は言う。
毎回、下読みさんがリサーチしてあげてきた暗殺候補者名簿に、政界財界などの有識者からの暗殺希望者名を加えて選別していく。
……その仕組みの概要は知ってはいても、ぼくのような新人には詳細を明かしてもらえない。
ちなみに、うっかりミスで味方の二重スパイを卒名に載せてしまったかつての下読み仲間は、いまは国営墓地の管理人補佐。暗殺した者の墓名を正確かつ極秘裏に刻む仕事だ。
ぼくも左遷され…………る前に、部長の名を卒名に加えておいたことを部長は知らないし、ぼくを振ったあの女の名も書き加えてやったぞ。そうそう、あとは思いつかないので、Noteや数ある小説投稿サイトからアトランダムに作者の名を拾って書いておいた。
あ、ペンネームだと安心していてはいけないよ。なにせ本名や住所はまたたく間に顕在化するよ。うふふ、ここは最高国家情報機関だからね。完結しないまま放ったらかしの作品や休載中作品が多いひとは、〈卒名〉に載ったのかもしれないぞ。うふふ。
ま、いずれにせよ、書くのならいまのうちだね。来月から、手っ取り早く、最初からみんなの名を載せておくことにするから。ヒヒヒ……
👣👣
10 【逆転の発走】
(あっ、ヤバイ どうして今日は、こんなにも人通りが多いのだろう……)
オレは迷った、焦った、驚いた。
いつものこの時刻は、ほとんど人がいない。車も通らないのは地下電線の工事で一帯が通行止めになっているからだ。だから、桟橋《さんばし》のたもとで彼女と待ち合わせ…………二人でそう決めていた。
なかなか外ではゆっくりデートできないオレたちにとっては、こういうチャンスはめったにない。それに堂々と胸を張って陽の下で待ち合わせできるのは、健康にもいいし、第一、胸の鼓動の高まりが、これから待ち受けるメイクラブのひとときへの架け橋になる。橋のたもとでの待ち合わせには、そんな二人だけにしかわからないラブメッセージが込められているのだ。
けれどよりによって彼女と待ち合わせしているこの日に限って、人が多いのだ。ゾロゾロ、ガヤガヤと一斉にオレのほうを見ている、眺めている……。
一体、何なんだこれは……まるで、オレを監視し、おまえの思い通りにはさせないぞ! と警告されているように思えてきた。
こんなことは、以前もよくあって、そのときには、彼女に悩みを打ち明けたことがあった。他人の視線が気になって気になってしかたないことを……。
すると彼女は、
『それって、自意識過剰じゃないの?』
と、グサリと一言。
さらに追い打ちをかけるように、そのときこんなことをアドバイスされた。
『……慣れなきゃね。いつもいつもそんなに他人の視線ばかり気にしていたら、なあんもできやしないわ。それにね、いいかげん、そうやって前かがみで俯きかげんにオドオドと歩くのはやめて、背筋を伸ばし、胸を張って、堂々と歩けばいいじゃない!』
あたかもナイフでオレの心臓をグサリと突き刺すように言ってきたものだ。ま、それはそれで正論だし、率直にアドバイスしてくれる存在が近くにいるのはとってもありがたかった。そのとき、心底、嬉しかったし、よけいに彼女のことが好きになったっけ。
でも、なかなか、他人の目を気にする癖は、直らない、直せない……。
この日は、少し歩調を速くしてみた。やつらからできるだけ離れるためだ。一定の距離を保つというのは、いいことだ。いまできることを、できるかぎりやっていく……これがオレのモットーなのさ。
うふふ……いや、安心するのは早すぎた。同じように後ろからやってくる連中も早歩きになったぞ……。
オレは深くかぶった帽子が風に飛ばされないようにさらにぐいっと押さえ、はずれかけたサングラスを戻した。このさい、うしろの連中を追い抜かせてやろうとおもい、歩幅を小さくした。すると、うしろのやつらも、同じようにスピードを抑えたようだ。
(ええっ?)
オレの動悸が高鳴ってきた。
やはり。
オレは監視されているんだ……。そうとしか考えられない。
いやだ、いやだ、いやだ……。
だれだ、だれだ、だれが……こんな平凡で小心者のオレを追いかけ回すんだ。傷心者になっちゃうだろうがぁ。
やっぱり、やつらのせいなんだ。
オレの自意識過剰なんかじゃなく、やつらが、オレを傷心者にさせやがったんだぁ……。
やめろ、やめろ、やめてくれ……あっ、とオレは思わず立ち止まった。前からも大勢のひとがやってくる。
どうしよう、どうすればいい……。
ええい、顔だけは人前でさらしたくない、SNSで世界中に拡散されるなんて、まっぴらだ。
いやだ、いやだ、いやだ……。
そうだ、そうだ、わかったぞ、いいことを思いついた。
オレのほうがやつらを追いかけてやればいいんだ。
逆転の発想……とはこのことさ。
やられたら、やり返す。これしかない。
よしっ、これだ、これだ、これだ、これでいこう、よしっ、やってやるぜ、こっちのほうが追いかけてやるぜ。
くるりと向きを変えたオレは、まずは後方からオレを追ってきつつあるやつらをめがけて走り出した。
すると、驚いたのだろう、みんなオレに尻を向けて逃げ出した。なにやら嬌声をあげている。いや、怒鳴っているのか、びっくらこいているのか、それはわからない。
オレは走った、駆けた、追いかけた。
よし、いいぞ、いいぞ、みんなが逃げていくのは、爽快だ。そうか、ひとを追いかけてやると、こんな清々しい気分になるんだ、なれるんだ……。
何年も忘れていた歓びの感情が怒涛のごとく噴出してきた。よし、オレならやれる、やらずばなるまい。とことん、やつらを追いかけてやるぜ……。
よし、よし、オレの前にはひとがいなくなったぞ。
そのとき、パトカーのサイレンが……!
あ、なんだ、なんだ、どうしたんだ、誰かが通報したのか、余計なことをしやがって……。 いやだ、いやだ、いやだ、捕まりたくない、捕まってたまるか……よし、さらに、走るぞっ、追いかけるぞぉ。
オレは全速力で走り出した……。
いやだ、いやだ、捕まるのは絶対いやだ。
おっ、目の前に住宅街が……。ここを抜けると、待ち合わせの橋にたどりつくはすだ。
その迷路のような一角へ。
すると、パトカーのサイレンが大きくなった。
ああ、いやだ、いやだ。
どうせ捕まるのなら、その前に、彼女と会って、メイクラヴしなきゃ。
したい、したい、したい……。
会いたい、会いたい、あ、痛い、転んだ、でもまだ走れるぞ、追いかけるぞ。
オレは、オレは、どこまでも、オレなんだ、やつらになんかに拘束されたくない、堂々と邪魔されずに歩く自由を奪われたくはない……。
オレはオレなんだぁ……オーレ、あ、いかん、いかん、いかん、掛け声をまちがえた、いやだ、したい、したい、メイクラブしたい、会いたい、会いたい、彼女よ、もう少しで橋のたもとだ……。
おおっ、見えてきた、見えてきた、橋が見えてきた。オレに追いかけられて、みんな橋のほうへ逃げていくぞ……。
待っててくれ、オレはここだぞぅ。
あ、彼女だ、彼女が手を振ってくれている……
オレは走る、走る、駆ける、駆ける、追いかける……
橋のふもとに着いたとき、彼女のほかは人影はない。よし、大成功だ、やったぞ、やったぞ……オレは待っていたくれた彼女を抱きしめようとしたそのとき……
ピシャリ!
と、彼女がオレの頬を引っぱたいた。
「いったい、何十分待たせるのよ」
「ひゃあ、それどころじゃない……最初、みんながオレを追ってきたんだ。でも、いい方法を思いついたんだ。逆にやつらを追いかけてやろうって。大成功だ、ひゃ、よかった、会えた、よかった……」
すると彼女は素っ気なく、オレのからだに巻きつくように、両手でオレの肩を揺さぶり出した。
「また、はじまった、れいの自意識過剰……?」
「ち、ちがうよ、ちがう、ちがうんだ」
「あら、パトカーのサイレンが……ええっ? どういうこと? あんた、いったい何をやらかしたのよ!」
「なあんもやってないよ、悪いことなんか一つもしてないよ」
「そんなことないでしょ。とにかく、パトカーから逃げましょ。ね、あたしの首につかまって……」
オレは彼女の首に抱きついた。
彼女は走り出す。やつらも走り出す。
オレは彼女の首につかまって、振り落とされないようにしがみつく。
そうなのだ、オレは彼女に首ったけ。それでいい、それがいい……。
……彼女は走り出す。
オレは……彼女が大好きだ。ろくろ首の彼女が大好きだ。
人間なんて、大嫌いだ……
○
》》》》臨時ニュース速報
ろくろ首女とのっぺらぼう男の逃走生中継は、CMのあとで……。
👣👣
11 【雨 音 リターンズ】
雨が降らない最大の理由は、神様が泣かなくなったことだ。下界を見下ろすたび、あれやこれやの怒りが心頭に発して、ぶつくさ文句ばかり。
人間ってやつは……。
たまには、オレを感動させてみろよ。
このままじゃ、枯れた大地になって滅ぶぞ。
すると、そばで見ていた神様のお弟子の一人が……
「いつも怒って、雷ゴロゴロさんなのに、雷鳴ばっかで雨を降らせないのは、それは……ゴーマンというものではないでしょうか……?」
「な、なにぃ!」
「雷を怖がって……他の惑星へみんな移住してしまったので、もう、地上には誰もいませんけど」
👣👣
12 【決断の背景】
待ちに待ったその日がやってきた。あたしは念入りにお化粧をし、口臭ガムを噛んだ。
準備万端。
けれどカレはあたしに近づくと、
「臭いな」
と、顔をしかめた。
「おまえ、口臭ガムなんか食べるなよ! それ、ゴキブリ臭だろ? おれの好きなにおいは……トイレのにおいなんだぞ……」
待ちに待ったその日、あたしはやっとカレに別れを告げることができた。
うふ。
口臭ガムに感謝(´∀`*)ウフフ
👣👣
13 【ウンとどっこい】
夜、一人で読書をしていると、ピンポーンと、突然の来客……
ドアの外には、ブラックスーツを着た男が数人。みんな同じような黒いサングラスをかけていた。
「……夜分に恐縮です。国民安全保障局の者です。危機調整担当をしております。突然で申し訳ありませんが、今すぐ、引っ越しをはじめてください! 所轄官庁の指示書と裁判所の礼状もあります! さ、早く、早く、急いで急いで……」
いきなりヘンなことを告げられて、口をあんぐり。
すると……
「あさっての夜、ちょうど今頃の時間に、あなたのこの部屋に、隕石が直撃することが判明しまして……」
「隕石? そ、そんな、ここは28階建マンションの14階ですよ。どうして、14階の、しかも、この部屋を直撃するってわかるんですか?」
「……不思議に思われるのも無理はありませんが、超高精度予測分析システムが、サラリとはじき出した結論なんですよ……隕石は、一キロ先の川の土手に衝突し、ピョコンと、2回跳ねて、このマンションのあなたの部屋の窓ガラスを割って、トイレに入っているあなたを直撃するみたいなんですよ……」
一体、何をほざいているのだろう。
明後日の今の時刻に、トイレをしている確率というのは、一体、どうやってはじき出すのだろう。むしろ、隕石を遠くへ追いやるプロジェクトを考えるほうが、理にかなっているのではないか……
そのことを問いただすと……
「そんな屁理屈を言わないで……あっ、ちょっと、トイレを貸してくださいっ!」
いきなり男がトイレに駆け込んだそのとき、ドドドカン。
大爆音とともに、トイレがめちゃくちゃ。
白煙の中から這い出してきたスーツ男が、うめき声をあげながら……
「け、計算が丸二日、違っていたようだ。オレはなんて、運がないんだ……」
そのままバタリと倒れたその男を抱きかかえた同僚が、こちらを振り返ってボソリ……
「……それにしても、あなたは、なんという強運の持ち主でしょう! いいわけがましく聴こえるかもしれませんが、どうでしょ? うちで働いてみませんか?……なにせ、この仕事は、毎日がウンとの格闘なんですよ」
👣👣
14 【誘拐屋怪談】
わたしが誘拐屋を起業して最初に直面した課題は、単語を選ぶセンスだった。
たとえば、〈平和〉。
この二文字を誘拐すると、この世界から平和が無くなってしまうのだ。だから、このような依頼は、安易には受けられない。たとえ売上げが減っても、断固として依頼を断る経営判断も必要だ。
あるいは、〈殺人〉。
これなら、この世界から殺人が無くなることだから、誰からも歓迎されるはずなのに、〈殺人〉の二文字を誘拐してほしいという依頼は、いまのところまったくない。オーダーなしに仕事はできない。このあたりがなんともこの商売では難しいところだ。
先日、久しぶりに仕事の依頼があった。
〈希望〉を誘拐して欲しいというものだった。依頼主はおそらく闇の世界に属するものであったろう。
わたしは思案した、考えた。
この依頼を受けるべきかどうか。迷いに迷った挙句、やはり、依頼を蹴《け》ることにした。この世界から、〈希望〉をすべて奪ってしまうのは、いかがなものか……とわたしなりに判断したのだ。
その代わりに……と、わたしは代案を提案してみた。せっかくの依頼を断ってばかりいると、クライアントからの信用を失いかねない。事業家としては、逃げる経営者、などと失格の烙印を押されかねない。わたしとしてもここが正念場というものだ。
そこで、代案を企画書のかたちで提出してみることにした。逆提案で、クライアントの意向を満たしつつ、こちらの良心にも恥じない程度のもの=単語を選ぶことにした。
ブレーンミーティングを重ねて、慎重かつ大胆に単語を選んでみたつもりだ。
「うーん、キミ、これでは、なんだかインパクトに欠けるのではないかね」
先方の担当者から、そんな嫌味をチクリと言われた。
けれど、ここで引き下がってしまっては、わたしもプロとしてのプライドにかかわる。何度も説得し、ついにゴーサインがでた。
よし、いいぞ……わたしはニヤリと微笑んだ。
クライアントからゴーサインが出た、誘拐対象は、〈今日〉。
👣👣
15 【終止符】
ピリオドを打つ前に、もう一度よく考えてみよう。終止符というのは、いかにも残酷で、非人間的決断だ。それ以上先に進まない道を選ぶ、あるいは、これまでの関係を断《た》つ……のは、いかにも残念無念。忸怩《じくじ》たる思い、というのは、まさにこのようなシュチエーションのことなのだろう。
だから、あえて、こう言ってみる。
「な、も少し、考えようよ。関係にピリオドを打つ前に……せめて、コンマ程度にして……」
すると、目の前の女は……
「……あんたねぇ、口癖のようにそんなことを言い続けて、いつまであたしの背後霊やってんのよ!」
女は詐欺師。こいつに騙《だま》され、全財産を失い、挙句《あげく》の果てに殺されて……。
でも、あえて言いたい、告げたい、言わずばなるまい……。
「……いまでも、おまえを死ぬほど愛しているんだ。邪魔をしないからさ、ずっとそばに居させてくれよぉ」
👣👣
16 【身近な話】
単調な日常には、やはり、それなりの節目、迴巡《かいじゅん》する時間の起点、終点というものが必要だ。
けれど、一週間を……10080分と換算して思考する人は、特殊な仕事に従事しているごく一部の者以外にはいないはずである。
あるいは、一週間は、60万4800秒……。
そして、いま、この瞬間にも、その数値はどんどんどんどんどんどん変わっていく、減っていく……。
うーん、結局、時間というものは、それだけの数値的意味しかない。時間に、ある一定の幅と深さと奥行き……を与えるのは、あなた自身。それが、いま、私にいえる唯一の真実だ……。
「ねぇ、あなたぁ」
伴侶が私を呼んでいる。
「早く仕事に出かけないと……時間を支配しているわたしたちには、遊んでいる暇なんかないわ」
確かにそのとおりだ。
私……死神は、いつの日か、あなたに出会うときのために、必死に時間と闘ってきた。
それに……
いま、あなたは迷う暇もないはずだ。
闘え、諸君!
あなたの敵は……私でもなく、時間でもない。
あなた自身の怠惰と諦念だ。
あきらめるには早すぎる。
言い訳ばかりは、もうよそう。
いま、この瞬間にも、あなたの………
👣👣
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?