2020年九里亜蓮の進化を解き明かす
2020年広島投手陣の中からMVPを選ぶとすると、ルーキーながら10勝、防御率1.91を記録した森下暢仁の名前が大半を占めるのではないかと思います。
そして次点で名前が挙がるのが、九里亜蓮ではないでしょうか?
ダブルエースと目された大瀬良大地とジョンソンの離脱によって、苦境に陥った投手陣の中でも年間通してローテを守り、自身初の規定投球回到達+防御率2点台を達成したのは、森下と同等の貢献度と言っても過言ではないと思います。
2017年にスイングマンとして本格的に一軍定着後、2018年は4月途中からローテを務め上げ、初完投や日本シリーズでの先発も経験。
2019年は一時ローテから外れたものの、防御率やK/BBで自己ベストを記録といったように、年々投球内容を進化させているのが九里の特徴ですが、今年は具体的にどこが進化したのか、詳細に解き明かしたものは見たことがありません。
そこで本稿では、2020年九里亜蓮の進化について以下にて考察していこうと思います。
1.シーズン前半の不調の要因を考える
思えばシーズン開幕からおおよそ2か月、昨年から更なる飛躍が期待されましたが、10試合に先発しわずか2勝、防御率4.76と九里亜蓮は苦しんでいました。
それを最も象徴する試合が7/21の阪神戦です。
ストレートの平均球速は145.1㎞と今季最速を記録し、高速化した昨年以上の威力を見せて8奪三振を記録しながら、サンズにはナックルカーブを、糸原健斗にはそのストレートを、大山悠輔にはツーシームをそれぞれスタンドまで運ばれ、結果的には5回6失点と試合を作ることもままならない結果となってしまいました。
ボールの威力はありながら、このような結果が出力されたのはなぜか考えてみると、カギはこの3被本塁打のコースにあると考えられます。
この3本塁打のコースを見てみると、いずれも高めに浮いてしまっていることが確認できます。
ボールの威力はあっても、制御しきれずに甘めに浮いてきたところを、打者にしっかりと捉えられていたのです。
このようにシーズン序盤は一発長打を浴びるケースが多く、7月だけで7本塁打を浴びることとなり、成績低迷の大きな要因となってしまいました。
その一発を多く浴びる中でも特徴的だったのが、ストレート系ではなく変化球を捉えられていた点です。
10試合登板までに浴びた8本塁打中7本塁打が、変化球を捉えられたもので、昨年は被本塁打0に抑えたスライダーを2本、ナックルカーブを2本、ツーシームを2本、チェンジアップを1本と九里の投じるメインどころの変化球は、どれも満遍なくスタンドまで運ばれてしまいました。
そのためか、球種別被OPSを見ると、ストレートとシュートは5割台と好成績ながら、それ以外の球種は投じる割合の少なかったフォークを除くと、ナックルカーブのOPS2.356という数値に代表されるように、8割以上の数値が並んでいます。
ここから変化球の精度に大きな課題があったことが見て取れます。
ただ空振り率を見ると、昨年比で大きく低下している球種はなく、ボールが昨年から大幅に劣化したというわけではなさそうなので、やはりここでも一番の課題は、打者にとって飛ばしやすいポイントに投じてしまっていた制球の甘さでしょう。
加えてこれだけ打たれているとなると、制球だけでなく各球種においても何かしらのチューニングが必要な状況にありました。
そんな中、9/1の登板で8回途中まで投じながら5失点と、沢村賞に輝いた大野雄大に投げ負けた後、九里は自身の投球の改造に踏み切るのです。
2.きっかけはフォーム変更
9/1の翌週である9/8の登板にて、九里の投球フォームにある変化が現れます。
それは、無走者時でもセットポジションで投球を開始するようになったことです。
もがきながら投球フォームをワインドアップから、セットポジションに変えたことが転機となった。ワインドアップでは疲れが出る終盤に、知らぬ間に反動をつけるような動作が精度に影響した。常にセットポジションから投じることで制球が安定。「自分が意図した球を投げきれるようになったのがあります。ゾーンで勝負することがある程度できているのかなと思います」
上記記事にてセットポジションに変更した意図が語られていますが、セットポジションからの投球に変更することで余計な動作が削られ、再現性を高めることで制球力の向上や疲労の軽減を意図したとのことのようです。
やはり、最初の10登板までで高めに浮いた変化球をしっかり捉えられていたところを見て、このようなフォームの変更に至ったのでしょう。
早速その効果が表れてか、この日はヤクルト打線を6回無失点に封じ、約1か月ぶりの3勝目を挙げました。
この日の登板から、九里の快進撃は始まっていきます。
3.進化の内側に迫る
9/8の登板を境に、九里の投球内容がどれほど変化したか見てみましょう。
9/8以降は防御率1.58で、平均投球イニングはそれ以前の5.7回→7.4回とイニングイート能力の大幅な向上が見て取れます。
被打率や被OPSも大幅に低下させ、9/1までは苦しんだ一発長打の数も、HR/9で見ると大きく減少していることが分かり、しっかり課題は克服できたようです。
ただK%やBB%を見ると、大きな変化はなく、劇的に三振が奪えるようになったわけでも、四球を減らせるようになったわけでもありません。
それでは、具体的にどこが良くなったのか、以下にて球質/制球/配球の3つの点から考えてみようと思います。
球質
各登板ごとの球種別平均球速を見てみると、9/8~10/20の登板にかけてはストレートやシュートといった球速の速いボールは、その他の試合と比べても球速が出ており、セットポジションからの投球に統一しながら、球威も決して低下していないことが分かります。
その一方で、スライダーやカットボールといった曲がり球は、ストレート系が球速出ている割に落ち着いた球速帯に分布していることが見て取れます。
平均球速がシーズン最速を記録したシーズン序盤には、併せてその他の変化球も高速化しているのとは、対照的な変化が生じているのです。
あえてストレート系との球速差を生み出す、という変化が生じた九里の投球ですが、このアプローチは結果的に大成功に終わることとなりました。
各球種別の成績変化を、9/8を前後にしてまとめたものを見ると、スライダーやカットボールはストライク率が向上し、しっかりカウント球として機能するようになったことが窺い知れます。
どちらも.800を超えていた被OPSですが、スライダーは.301、カットボールは.359もその数値を向上させ、九里の持ち球の中でも最も機能するボールとなりました。
特にカットボールの進化は顕著で、昨年は2.0%、今年も9/1以前は0.0%であった空振り率が9.0%まで向上しました。
これまではストレートとの球速差が小さく、変化量も小さい代物で、打たせて取るのがメインの球種でしたが、今年はややスピードを抑えめにすることで、変化量を大きくした印象です。
九里の投球スタイルというと、ストレートとシュートでの横への揺さぶりでカウントを稼ぎ、最後はチェンジアップやツーシームといった落ち球で仕留めるというものでしたが、ここに質を高めたスライダーやカットボールが加わることで、より打者は球種を絞りづらくなったのではないでしょうか。
制球
続いて、9/1までの不振の主要因となっていた制球面は、どのような変化を見せたのでしょうか?
9/1までは高めに浮いたところを痛打されるシーンが目立ったことから、よりボールが低めに集められたかを確認するために、各球種の高め率/低め率を算出し比較してみようと思います。
スライダーは高め率が高く出ていますが、それ以外の変化球は高め率は低下しており、浮いてしまっていたボールをしっかり低めに制御出来るようになっていることが分かります。
特にツーシームについては、低め率が10%以上向上したことで、空振り率もそれまでから3.1%向上させ、被打率や被OPSも大きく低下させることに成功しました。
決して四球が減少したわけではありませんが、低めにボールを集めることが出来ていたために被本塁打が大幅に減少したのでしょうし、セットポジションからの投球に変更した成果はしっかり出ていると言っても問題ないでしょう。
配球
最後に球種配分など、配球面で何か変化はあったのかについて、触れていこうと思います。
9/8前後での球種配分の変化という観点から、配球面に変化があったのか確認してみると、大きく変化のあったボールはなく、特定の球種の割合を変化させることで、成績の向上を図ったわけではないことが分かります。
ただ1試合ごとの球種別投球割合の推移を見てみると、少しその様子が変化を見せます。
というのも、シュートは9/1までに比べて毎登板投球割合が比較的高めで、逆にナックルカーブやツーシームといったボールは、9/1までと比べて毎登板比較的低めの数値を記録し続けているのです。
9/8以降機能するようになったスライダーやカットボールについても、変化が生じており、9/8以降の登板ではカットボールの割合が高く、10月以降では逆にスライダーの割合が高くなっていることが分かるかと思います。
シュートを多めに投げながら、その逆に曲がるスライダーやカットボールの割合を増やしていたということから、9/8以降はより横の揺さぶりを意識した投球を行っていたのではないでしょうか。
球種別投球割合について、ストライクカウント別に分類することで、より詳細な部分に触れてみると、また違う変化が見て取れます。
どのような変化かというと、カウント作りと決めに行く時の間に、しっかりメリハリがついたという変化です。
0ストライク時では、9/8以降ストレート/シュート/スライダー/カットボールの投球割合がそれぞれ増加しています。
1ストライク時もその傾向は基本的に変わらず、スライダー以外の球種の投球割合がいずれも増加しています。
この追い込むまでのカウント形成時では、どちらかというとベースの横幅を使うことを意識していたということが、ここから見えてくるのではないでしょうか。
そして2ストライク時ですが、どうもストレートで決めに行くことに大きな変化はなさそうですが、ツーシームやフォークといった落ちる系のボールの投球割合が増加し、ボールを落としてより空振りを誘う狙いが色濃く出ていることが分かります。
追い込んでからは、カウント形成時とは対照的に、高低を使う意識が出ていることが見えてきます。
このようなメリハリがしっかりつくことで、これまで以上にゾーンを広く使うことに繋がり、打者の打ちづらさという部分がより際立つようになったのではないでしょうか。
4.今後の課題の整理
ここまで最初の10登板までの不振の要因と、その後の10登板の快進撃の内側を追っていきましたが、最後に課題についても触れておこうと思います。
個人的に九里に残された課題は、この2点ではないかと考えています。
①カーブの活用
➁ビジターでの成績
数多くの変化球を操り、年々高いレベルで使えるボールを増やしている九里ですが、いまだモノにすることが出来ていないのが、カーブというボールです。
指を立ててリリース時にボールに多くの回転を与える、ナックルカーブを投じていますが、今年は被打率.588/OPS1.838と滅多打ちにあい、シーズンが後半になるにつれ、その使用割合は減少していきました。
これだけ打たれれば投球割合を減らすのは当然の流れですが、一方でこのボールがせめてカウント取りで使えるようになれば、球速帯も他のボールと被らずより優位に打者との対戦を進められることは間違いありません。
より投球に奥行きを持たせるためにも、次なる課題はカーブとなってくるはずです。
続いてあまり語られませんが、毎年ビジターでの成績が悪く、ここも大きな改善ポイントです。
2017年以降、ホームでの防御率は常に3点台以内に抑えており、今年は防御率1.71をマークしました。
その一方、ビジターでの防御率は常に4点台を彷徨っており、自身最高の成績を残した今年ですら防御率4.75に終わっています。
平均球速やK%、BB%といった数値はむしろビジターの方が良く、決してマウンドが合わず投球クオリティーがビジターで低下する、ということではなさそうです。
ただ2018年を除いてHR/FBはビジターの方が高く、2019年は7.8(ホーム)、13.0(ビジター)、2020年は3.9(ホーム)、15.7(ビジター)とビジターの方が被弾しやすい傾向が出ています。
今年の前半のように被弾が大量失点に繋がっているため、ここを改善することがビジター成績の向上に大きく寄与していきそうです。
このように課題はまだありますが、年々着実に成長を重ねる九里の姿を見ると、上記課題も乗り越えてくれそうな予感がします。
来年は自身初の二桁勝利を記録し、今年は惜しくも超えられなかった年俸1億円の壁も超えて、一流の仲間入りを果たすことを期待し、本noteの締めと代えさせて頂ければと思います。