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塹江敦哉・高橋樹也の台頭から見る広島の左腕投手王国化

広島の2020年ここまでを振り返ってみると、キャンプからOP戦を通じて、層の厚みを出すことに成功した野手陣とは異なり、投手陣はクローザーを任せる投手が固まらなかったりと、順調さを欠いた印象は多くの方がお持ちだと思います。

そんな苦しい投手事情の中でも、大きくアピールに成功したのが、6年目の左腕・塹江敦哉と5年目の同じく左腕・高橋樹也であることは誰もが疑いようがないでしょう。

塹江は150㎞を超えるストレートと鋭いスライダーを武器に、高橋樹は大幅に出力を向上させたストレートとコマンド力の高さを武器として、互いに開幕一軍の座はほぼ手中に収めたと言っても良い投球内容でした。そんな両投手について、以下にて詳細に分析を加えることで好成績の要因を解き明かしていきます。

加えて、昨年は床田寛樹・中村恭平といった左腕が大きく飛躍を遂げましたが、今年も台頭してきた上記2名を例に、かつては育成のままらなかった左腕投手について、なぜここまで左腕を育成出来るようになったのかという点についても簡単に触れていこうと思います。

1.塹江敦哉

まず塹江について、下記3項目から好成績の要因を解き明かしていきます。

1-1.基本成績

昨年、3年ぶりの一軍登板を果たし、投球回を上回る奪三振数を記録するなど、定評のあった球威は一軍レベルであることを示しました。その反面制球力に不安を抱え、かつ球威のわりに打者に合わされやすいためか長打を浴びるシーンも目立ち、防御率は6.10と決して満足のいく成績ではありませんでした。それが2020年はどのように変化しているのでしょうか?

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2020年のOP戦から練習試合の全8登板と、昨年の11登板の成績を比較してみると、被打率は大きな差はないものの、被長打は1本のみでBB%(四球率)も大幅に低下していることから、被OPSは.237も低下しています。ですので、昨年塹江に出た課題の制球難と被長打の多さは改善傾向にあると言えます。

加えてK%(三振率)も10%以上上昇しており、三振を多く奪いながら四球は少なく、被長打も少ないという、理想的な投球が出来つつあることが以上より分かります。

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打球性質等の部分まで踏み込んでみると、大きな変化があったのは赤字のGB/FB(ゴロ性の打球とフライ性の打球の割合)とSwStr%(空振り率)になります。

昨年もややグラウンドボーラーの傾向を示していましたが、2020年はGB/FBが2.00とそれがより顕著に出ています。被長打が減少していると上述しましたが、ゴロ性の打球が増えたのがその大きな要因かもしれません。加えて昨年はリーグ平均レベルだった空振り率も、2019年のNPB7位相当と両リーグトップレベルの数値まで上昇しています。これが奪三振力の向上に寄与していることは、言うまでもありません。

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最後に左右打者別成績はどのような推移を見せているでしょうか?

昨年は右打者に対して被OPS.864、BB%20.4と、塹江の課題としていた部分がモロに出てしまい、成績悪化の要因となってしまいました。一方で左打者に対しては、右打者より被OPSやBB%は抑えられており、苦手とはしていないようです。

しかし2020年にはその傾向は一変しています。苦手としていた右打者に対しては、被OPSを.243まで落とすとともに、大きくK%を上昇させBB%は4.8まで低下するなど圧倒的な成績へと変化しました。一方で左打者に対しては、母数が少ないとはいえ被OPSやBB%が悪化しており、この点は今後の課題となっていくでしょう。

1-2.球種別成績

続いて球種別成績について確認していきます。

塹江が主に操る球種はストレートとスライダーで、この2球種で昨年は91.4%もの割合を占めていました。そのメインピッチに、シュート/カーブ/チェンジアップを混ぜ込むというのが、塹江の投球スタイルです。課題としては、平均球速148.2㎞と日本人左腕ではNPB2位のスピード能力を誇りながら、空振り率は平均レベルのストレートが挙げられます。これがどのように変化しているのでしょうか?

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緑で塗りつぶされているのが2020年の各球種の成績ですが、大きく変化した部分として挙げられるのが、ストレートとスライダーの空振り率の向上でしょう。全体的な球速は昨年よりも多少落ちていますが、よりストレートとスライダーの見分けがつかなくなったためか、両球種とも決め球レベルの空振り率まで向上しています。

本人もインタビューで「スライダーはストレートの軌道から外れないように」意識しているようで、ストレートとスライダーでピッチトンネルを形成できていることが、この空振り率向上に結び付いているのでしょう。

1-3.コース別成績

最後にコース別成績について触れていきます。スポーツナビ一球速報データを基に、25分割されたコースにどれだけ投じられたかをまとめてみました。投手目線となっているため、右が三塁側で左が一塁側を表している点にはご注意ください。

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全体的には、真ん中から右打者のインコース/左打者のアウトコースに制球できており、特に低めに決まると多くの三振を奪えています。右打者には、とりわけ真ん中から低めに制球できており、この辺りの制球面も対右打者成績向上の要因なのでしょう。一方、左打者に対しては、アウトロー付近に決まるボールも多いですが高めに浮くケースが右打者よりも多いことが分かります。ボールの良し悪しがはっきりしてしまう点が、対左打者の成績悪化を招いているのでしょう。

以上より、塹江の好成績の要因をまとめると下記の通りとなります。

・課題だった制球力の向上とゴロ率上昇による被長打の減少
・ストレートとスライダーでピッチトンネルを構成できるようになり、空振り率が大幅に向上
・苦手だった右打者に対し、膝下に投げ込むコマンドの向上で封じ込めに成功

2.高橋樹也

続いて高橋樹也についても、同様にして好成績の要因を解き明かしていきます。

2-1.基本成績

昨年はルーキーイヤー以来の一軍登板なしに終わったため、データとしては2018年のものを用いていきます。その2018年は、先発で起用されたりセーブシチュエーションで登板したりと様々な経験を積みましたが、球威不足からか長打を浴びるシーンが目立ち、トータルで被OPSが.923と滅多打ちに合いました。そこからどのような変化があったのでしょうか?

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2020年はここまで投球回は7回と少ないですが、BB%が3.6と元来から武器の制球力が更に光り、2018年は目立っていた被長打も周東佑京に浴びたランニング本塁打の1本に止めることで、被OPSは.656と実に.267も改善されています。K%はむしろ低下と奪三振能力に大きな変化はないものの、抜群の制球力と被長打の減少によって好成績が演出されたことが分かります。

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打球性質等を見ると、大きな変化があったのはGB/FBです。2018年は0.63とフライボーラーの性質を示していましたが、2020年は2.14と極端にゴロ率が上昇しています。サンプルが増えればこの傾向も変化してくるかもしれませんが、球質の変化があったのかもしれません。

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最後に左右別打者成績ですが、2018年は左右どちらにも.300以上の被打率を記録していますが、とりわけ右打者には被OPS.991と滅多打ちに合っています。被長打の多さの解決には、この右打者をどう封じるかがカギとなるのでしょう。

と言う観点から2020年の成績を確認すると、その右打者に対しては被安打わずか1で被OPS.154と完全に封じることができています。K%も上昇し、四死球0ですから文句のつけようのない成績です。一方、左打者に対してはむしろ成績は悪化しており、被OPS1.110と逆に滅多打ちに合っています。左投手がここまで左打者に打たれると心象も良くないため、シーズン開幕までに対策は練っておきたいところです。

2-2.球種別成績

続いて球種別成績を確認していきます。

これまでの高橋樹は、ストレートがメイン球種でスライダー/カーブ/チェンジアップを散りばめていく投球スタイルでしたが、スピードがない上にトレンドの高速変化球も持ち合わせていなかったため、レベルアップの進むNPBの打者にはあっさり対応されていました。そこに何か変化はあったのでしょうか?

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こちらの比較表を見ると一目瞭然ですが、どの球種も球速が大幅に向上していることが分かります。これによって変化球の威力が増して、変化球3球種はいずれも空振り率は向上し、被打率も低く抑えられています。より変化球をストレートと偽装できるようになったことが、このような成績向上をもたらしたのでしょう。

一方、ストレートについては平均球速は向上しているものの、空振り率は低下し被打率も上昇しています。ここまでのゴロ率の劇的な向上や対左打者の成績低下を鑑みると、ストレートの球質が従来より真っスラ気味に変化しているのかもしれません。少しカット気味に来るため、空振りは減る分ゴロは増え、左打者のインコースを突こうとしたボールが内に入って痛打を浴びることになったとも考えられそうです。

2-3.コース別成績

最後にコース別成績を確認していきます。

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全体的には、両サイドのベルトからその下のゾーンに投げ分けができており、コマンド能力の高さを窺わせます。ただ最も多くのボールを投じているコースが最も打たれているのは気になるところですが‥

左右打者別に見ると、右打者には真ん中からアウトコースに投じるボールが多く、球威不足を意識して慎重に攻めていることがなんとなく窺えます。ただストレートの球質が真っスラ気味なのであれば、インコースをもっと活用すると打者を詰まらせることができ、その球質をもっと生かせそうです。

左打者には、両サイドを丁寧に突いているように見受けられますが、両サイドの真ん中のゾーンがよく打たれています。特にインコースが打たれているのは球質故でしょうか。また全体的には右打者よりもボールが散ってしまっているようにも見受けられるため、対右打者の時ほどボールを制御できていないのも対左打者への成績悪化の要因かもしれません。

以上より、高橋樹の好成績の要因をまとめると下記の通りとなります。

・全体的な球威の向上により、変化球をストレートと偽装できるようになったためか、空振り率や被打率が向上
・ストレートの球質の変化や変化球の高速化からか、ゴロ率が大幅に上昇し、被長打のリスクを軽減

3.広島の左腕投手王国化について

ここまで塹江と高橋樹の好成績の要因を探ってきましたが、昨年は床田寛樹と中村恭平の台頭と、彼ら以外にも直近での左腕投手の台頭が目立ちます。1990年代以降は左腕投手不毛の地となっていた広島に、今何が起きているのでしょうか?

それについてまとめたのが、昨年8月に投稿した上記noteになります。ここでは各左腕投手の共通の要素として、全体的な球速の高速化ととりわけスライダー系の高速化を挙げました。

その観点から見ると、塹江は元々130㎞台後半の速いスライダーが持ち味ですし、高橋樹も120㎞台前半だった球速を120㎞後半まで上昇させ、130㎞台を記録することも珍しくありません。この両名もこの共通の要素を兼ね備えているわけです。

また上記noteにて、左腕投手がこのような変化を見せているのには、昨年から二軍投手コーチに就任した菊地原毅コーチの指導力の影響が大きいのではと推測しました。

昨年は二軍が主戦場だった両名が、昨年飛躍した左腕投手と同じ要素を兼ね備えていることを考慮に入れると、一定の影響はあったものと考えてよいでしょう。あまり表には出てきませんが、このように菊地原の存在が、広島の左腕投手王国化の裏で糸を引いていたと言えそうです。

左腕投手では、高校時代BIG4の一角とも称された高橋昴也やルーキーの玉村昇吾など、まだまだ原石の投手も多くいるため、菊地原には彼らの飛躍の一助となるコーチングを期待して、本稿の締めとさせて頂きます。

データ参照:1.02-Essence of Baseball(https://1point02.jp/op/index.aspx)
      データで楽しむプロ野球(https://baseballdata.jp/)

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