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東と西の薬草園【閑話休題②】

久々の秋晴れだというのに、まったく冴えない休日だ。
晩秋の心地よい木漏れ日に目を覚ました時には、とっくに日は高く昇っていた。
正午を過ぎている。昨日作っておいたりんごとドライフルーツのミンスミートは本日は登場の機会が無いだろう。
予定していた通りに、フレンチトーストの上にアイスクリームをのせてミンスミートを添え、優雅に朝ごはんを食べている時間はないからだ。

せっかくの休日だというのに、遥にはやることが山積みだ。

まず、案内文を入れずに作ってしまったクリスマスカードに手書きで案内文を書かなければいけない。

その前に、霞に頼まれていた野菜を収穫しなければならない。仕事が忙しいらしくて、かすみはもう2週間レンタルガーデンを訪れていなかった。霞の庭野菜と観葉植物を混ぜて育てているので、秋の終わりになっても、まだトマトやピーマンやほうれん草やビーツなどがたくさん収穫できる状態になっていた。
収穫したら、必要な分だけ遥がもらっていいことになっている。残った分は、霞の家に届けなければならないが、今日はもう難しい。
後日、カエルに届けてもらうことになるだろう。
遥の運転技術では、予定を済ませた後に夜に山道を降りて行くのは、大変危険だ。

果実町レンタルガーデンオリジナルのエプロンをつけて、長手袋をはめて、空きっ腹のまま、手荒く収穫を済ませる。
寝過ぎたためか、シャワーを浴びた後はぐったりしていたが、休んでいる暇は無い。

どうして、案内状の文言を入れないデザインのまま印刷を頼んでしまったのか。山鳥の別荘の管理人になって、休日に仕事をするなんて、遥にとっては初めてのことだ。それも自分の失敗だから仕方がない。一緒に働く人間が多くいたら、自分の失敗に、もっといがいたくなっていた。でも、たった1人だから、印刷し忘れたら、手書きすればいっかで済ませられる。

クリスマス前のイベントの案内状を書きながら、フルーツフレーバーティーを飲む。案内状は20通程度。それほど長い案内文ではないが、遥の字はあまりきれいではない。

紅茶のほかに、たまにジュースやコーヒーをはさむ。

何度も書き直すうちに思考が脱線する。
可愛いクリスマスカードの書き損じの数枚がもったいなくて仕方ない。
手書きだから、カラフルにしようと色を決めてみたが、思ったようには可愛くならなかった。クリスマスカードのデザインがかわいいだけに、それも本当にもったいないが、自分の失敗だから誰かに頼むわけにもいかない。

10枚書き上げたところで、このままでは続続かないと休憩を入れることにした。
昨日珍しく自分で運転して山を降りて、物産館で菊芋を買ってきた。ほとんど食べた事はないが、物産館の手書きの売り文句によると、これがなかなか画期的な食べ物なのだ。血糖値を下げてくれたり、とても健康に良いらしい。霞のレンタルガーデンから収穫したにんじんときんぴらを作る。物産館で、きんぴらで食べるのがいいですよと教えてもらったのだ。
ゴマはなかったので諦めた。買いに行くのは面倒だ。
さらに、気怠い体で勢いのまま、野菜たっぷりのつぼん汁を作った。今日はとにかく野菜をたくさん食べたい気分だった。

和食だから、さすがに飲み物も和のごぼう茶にした。おいしいけれど、ほうじ茶やごぼう茶よりもやはり遥は紅茶が好きだ。

食後は、ミルクティーが飲みたくなり、お茶菓子は、一昨日カエルにもらった栗のパウンドケーキにした。
果実町にはその名の通り特産の果物が多い。特に栗は有名で、少し小ぶりな栗は皮を剥くのは大変だが、その労力に見合うだけの味がした。遥がこの別荘の山で収穫して、冷凍していたものをカエルおすそ分けしたのだ。

言うなれば、優しい甘さのしっとりさっくりとしたパウンドケーキはおすそ分けのおすそ分けだ。

パウンドケーキひときれを食べ終わり、2切れ目になると、パウンドケーキにブランデーが使われていることに気づいた。
酒を食し、茶を喫する。
遅くを着てどんよりとした気持ちが、自分の中で生まれたかっこよさげな言葉に浮上してくるようだ。

おやつを食べ終えて、再び案内状の作成に取り掛かる。クリスマス前のイベントはリース作りと決まっていた。ついでに、霞の母がクリスマスにお勧めの料理と蛙がお勧めのお菓子を作ってきてくれる予定だ。料理教室ではないので、食べてレンタルガーデンの案内のチラシにレシピを載せるということにした。
そのチラシはもう出来上がっている。

果実町の地元の人が、レンタルガーデンを利用する事はまず考えられないが、イベントに協力してくれる人材集めになるかもしれない。また、遠方に住んでいる親戚に宣伝してくれることもあるだろう。

世界的に長く鬱屈とした情勢が続いている。日本は何の余波だか、牛乳が売れなくなり、果実町でも減産し、乳牛を処分する流れになるところだったが、この別荘の所有者で日本を代表する飲料メーカーの山鳥が出資して、バターと生クリームを作ることになった。工場ができるには、1ヵ月以上を要したが、その間高騰した乳牛の飼料を山鳥が費用を負担した。まさに、至れり尽くせりなのだが、山鳥が果実町で、フルーツフレーバーティーを始めるまでは、山鳥の創業者の富居一族は全く果実町に縁もゆかりもなかったから、なぜそれほどまでに果実町に尽くしてくれるのか、半信半疑の声も多い。
南の人間を疑深い。夏暖かい地域の人間がお気楽にできていると考えるのは偏見だ。

しかし、一時地元を離れて都会で働いていた遥にとって、これほど地元で安穏とした生活を送らせてもらえて、山鳥には感謝しかない。
苦手な事を書く作業も、今の生活を続けるためなら、他人任せにしたり投げ出そうとは思わなかった。

書き上がった頃には、すっかり日が暮れているどころか、夜の9時を回っていた。
まだ寝るには、少し早い時刻で、さらに、朝にすぎたために、目は冴えている。
遥は、やりかけの編み物に取り掛かることにした。といっても、遥は編み物などほとんどできないのだ。
先日、この辺をうろちょろしていた猫をやっと捕まえた。それを母に報告したところ、いくらいいと言われたからといって、別荘の綺麗な借り物のログハウスで猫を飼うのはとんでもないと言われて、結局猫は実家で飼うことになった。
一昨日は、その猫は会いたさに仕事を終えた後、夕暮れ時に苦手な運転をして山を降りた。そして、母が編み物をしているのを見て、やったこともほとんどないくせに、猫に首飾りを作りたいと思ったのだ。

夏に思いがけないボーナスをもらい、奮発して買った安楽椅子。これがあるから、遥は編み物がしたくなった。
壁には先取りの手作りクリスマスリース。天井には、いくつも吊り下げられたハーブとドライフラワー。
庭が華やぐのは春から秋。
山の中の暖かなログハウスには冬が似合う。

たかが、猫用の小さなマフラーだというのに、昨日1日では出来上がらなかった。
二本の棒を少し動かしただけで、背中に痛みが走る。
何度も肩を回しながら、夜は更けていった。
小さなマフラーが完成した頃、朝が来た。

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猫様とごはん
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