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第3回北陸ジュニア竜王戦 決勝戦の観戦記

 こんにちは。金沢大学将棋部4年の番井拳志郎です。今回は先日行われました第3回北陸ジュニア竜王戦決勝の観戦記を書かせていただきます。私は本局の記録係を務めさせていただけたので、両者の様子を交えつつ序盤の仕掛けや中盤の折衝、難解な最終盤を主に解説させていただきます。よろしくお願いいたします。

番井から見た両対局者

 この大会は北陸三県それぞれが予選で4名の代表を決め、本大会で12人のトーナメントを行い優勝者がタイトルホルダーに挑戦するという形式です。厳しいトーナメントを勝ち上がって挑戦権を獲得したのは昨年に引き続き石川県の辻大輔君。トーナメントの方も観戦していたのですが圧倒的な腕力でねじ伏せていました。
 対するディフェンディングチャンピオンである北陸ジュニア竜王の萩原和希君は富山県の強豪で3連覇を目指します。服部慎一郎六段の振り駒により萩原和希君の先手で対局が始まりました。

萩原君のダイレクト向飛車に対し辻君が腰掛け銀に構えたのが図1。
(32手目5四銀まで)

図1

 ここで6五歩と突っかけた先手の萩原君。若いって良いですね。この手はほぼノータイムで指されたので萩原君はおそらく経験のある形。これに対し同歩が1番自然に見えるがこれは角交換から4六角と設置し飛車のコビンを攻める手があり6三金などと受けるとじっと7七桂と跳ねられ意外に受けづらい。また7五歩の桂頭攻めの筋もあり先手ペース。

 時間を使ってこの狙いを見破った(多分)辻君は7七角成。同桂に再び長考して(なんで?)8六歩。しかしこれはどうだったか。6五歩には同桂と取って5七桂成を狙ったり単に8六歩と突き出す方が良かったように思う。本譜は手順に振り飛車の左桂に跳ねられ軽い形となったため振り飛車十分。確かに振り飛車から角交換をされると取り方が難しいってのも分かるんだけど。
 その後は辻君の反撃に対し萩原君がその攻めを受け流す展開に。第2図は駒損ながら攻めている後手の辻君が6六桂と打った局面。
(46手目6六桂まで)

図2

 ここで銀を逃げずに8六飛と捌いたのが振り飛車らしい一手。形は6七銀と躱したくなるところだがこの辺の勝負勘には解説のプロの先生も唸っていたことでしょう(知らん)。
 しかしその手を読んでいたのか辻君は銀を取らずに5八金と喰らいつく。銀を取ると8四歩と突かれ結局9五銀と使わされることになりそう…ということだろうが…こちらも若いですね。
 その後は順位戦の夕食休憩前のような渋い攻防が続き迎えた第3図。
(64手目6六飛まで)

図3

 萩原君にも小さなミスがあり形勢はほぼ互角。ここでは8一飛成が自然に見えるがそれは5七とが次の4八金を見せていやらしい。実際には7七角と打って6八飛成を消しつつ辻玉を睨む攻防手があり攻め合いも十分考えられた。
 この局面では既に両者30秒将棋で玉の固さで劣る萩原君は一手負けと判断。7八桂とタダの場所に桂を打ち捨て、同との一手に6七歩で6八飛成と5七との2つの狙いを一瞬で消してしまった。しかし辻君もこの手順を咎めるべく瞬時に反応し一気にギアをあげていく。
第4図は萩原君が7一飛車と下ろした局面。
(77手目7一飛まで)

図4

 この局面は金銀の枚数差と玉の固さで、後手の辻君が良さそうに見える。しかし下手に受けると先手の大駒が火を吹いて後手玉に即詰みすら有り得る局面。
 自分ならここで4二金と寄り、5二に銀や角をねじ込んでくる手に対しては3八銀成を決めてから2二玉と「玉の早逃げ」を繰り出して「駒1枚渡したら殺す」という手や4二金寄りに2五桂の「敵の打ちたいところに打て」に対しては3三桂打のような手を考えるが結局どの変化でも後手玉に頓死筋があり30秒で読み切るのは困難。
 本譜は図4から6一歩の「大駒は近づけて受けろ」からの5一金寄という超強気な受けを魅せる。実際は5二竜と切り飛ばして先手の勝ち筋なのだが、後手玉に即詰みはなく一瞬先手玉が詰めろになる複雑な順のため踏み込むのは相当怖い。というか決勝のこの舞台で30秒で読み切れるなら、さっさと奨励会にでも入ってもらわないと困ります。

 後手玉の不詰めは読み切った萩原君(知らん)。冷静に7二竜右と引き次の5一竜を狙って図5の局面に。
(83手目1八玉まで)

図5

 奇跡の受けで手番を握った後手の辻君は萩原玉への詰めろをかければ良いのだが、その手段は3八銀成1八玉を決めてからの①3五桂②1五歩③2五桂の3通り。
 ①3五桂は3六に銀や角を打たれても1七玉と上がられても分からないので1秒で切り捨てる。
 ②は次に2六桂の退路封鎖の手筋があって詰めろ。
 ③は単純に1七を塞いで2八金までの詰めろ。
②と③のどちらを選ぶかなぁと思っていると辻君は迷った手つきで②の2五桂。これに対し萩原君は2八桂と埋めて詰めろを消した。

 大会の手伝いをサボっている金大将棋部員と通りすがりのアマ強豪達による対局後の検討によると2八桂に代えて5二竜なら後手玉は21手で即詰みだったようだ。
5二竜同金に3三金と捨てるのが好手。
①3三金に同桂は2四桂同歩4一角(図6)からゴリ押しで詰み。

図6

②3三金に同玉は3一竜の一間竜から4四玉に2二角(図7)で合駒が飛車と金しかないため切り飛ばして詰んでしまう。

図7

 戻って先述した(再掲図4)からの変化で後手玉が不詰めだったのは3三桂打と桂合ができるからであり、本譜の(図7)では2五に桂を使ってしまっているため詰み筋が生じてしまった。

再掲図4

 検討陣がこの詰み筋を発見した時は、指導対局を終えた解説の野原女流や田中女流も加わって大盛り上がり。もし対局中の大盤解説にAIの評価値ゲージが出ていたら田中女流の悲鳴が会場に響いてただろうなぁ…。

盛り上がる検討陣

 とはいっても萩原君の指した2八桂も受けの最善手であり詰めろが途切れれば次の5一竜が分かりやすい。そこで辻君は落ち着いて3七成銀。これが2八桂を上回る好手で2八成銀同玉3六桂からの詰めろが受けづらい。30秒将棋のプレッシャーの中で、すぐにこの手順が見えるのはさすがとしか言いようがない。
 萩原君は5二竜から詰ましに行くが、桂馬を使ってしまっているので後手の辻玉は詰まず、辻君が昨年のリベンジを果たした。

表彰式で賞状を掲げる辻君

 本局は序盤で萩原君が機敏な仕掛けから巧みな駒捌きで辻君の無理攻めを誘い流れをつかむことに成功。しかし辻君は引き下がらずに喰らいつき萩原君の緩手を咎め優位に立った。終盤で萩原君が猛烈な追い上げを見せるも辻君が受けの勝負手を通して逃げ切った形となった。 
 一局を通して両者の事前準備や読みの深さはもちろん、時間が無い中での勝負術(萩原君の7八桂や辻君の5一金寄)には非常に驚かされた。今後の更なる活躍に期待したい。

棋戦:第3回北陸ジュニア竜王戦
場所:金沢東別院
持ち時間:15分30秒付き
先手:萩原 和希 後手:辻 大輔
▲7六歩△3四歩▲7七角△8四歩▲8八飛△6二銀 ▲6八銀△4二玉▲4八玉△3二玉▲3八玉△5二金右 ▲1六歩△1四歩▲2八玉△8五歩▲3八銀△7四歩 ▲6六歩△6四歩▲6七銀△6三銀▲7八金△7三桂 ▲8六歩△同 歩▲同 飛△8五歩▲8八飛△9四歩 ▲5六銀△5四銀▲6五歩△7七角成▲同 桂△8六歩 ▲8五歩△6九角▲6七銀△6五桂▲同 桂△同 歩 ▲8九飛△7八角成▲同 銀△6六桂▲8六飛△5八金 ▲6七銀△4九金▲同 銀△6八金▲5六銀△5八桂成 ▲同 銀△同 金▲3八金△6六歩▲8四歩△6二飛 ▲8三歩成△6七歩成▲7三と△6六飛▲7八桂△同 と ▲6七歩△5六飛▲同 歩△4九銀▲8一飛成△3八銀成 ▲同 玉△4九銀▲2八玉△4八金▲7一飛△6一歩 ▲同飛成△5一金寄▲7二龍右△3八銀成▲1八玉△2五桂 ▲2八桂△3七成銀▲5二龍△同 金▲3三歩△同 桂 ▲4一角△2二玉▲2三角成△同 玉▲4一角△3二金 ▲同角成△同 玉▲4一銀△2三玉▲3七桂△1七飛 ▲投了