【音楽】「Let Them Say」ボブ・アンディ
ウルトラマラソンやトレイルランなどでヨレヨレになってどうにか走り続けているようなとき、頭に浮かんでくることがあるのが、ボブ・アンディのこの曲です。ジャマイカのレゲエ界の大御所シンガーとされることが多いですが、私にとっては、レゲエの一時代前にジャマイカで広まった、緩やかで陽気な「ロックステディ」の名曲を数多く残した偉大なミュージシャンです。
ボブ・アンディが生み出した曲は、際立ったメロディの美しさを持っています。「Going Home」「Desperate Lover」「Life Could Be a Symphony」「Games People Play」など、好きな作品を数えだすと止まらなくなりそうなので、今回は「Let Them Say」に絞って書きます。
この曲、タイトルを日本語に訳すのなら「(言いたい奴には)言わせとけ」といった感じでしょうか。曲調はロックステディらしくメロウな感じですが、歌詞は絶望感にあふれたものです。歌詞の紹介ページはこちら。
何度か繰り返される部分に、こんな意味の歌詞があります。
「あいつは頭がおかしいんだなんて、言いたい奴には言わせておけ。俺の悲しみなんか、わかりはしないんだ」
「シャツは破れ、靴はめくれ、横になる場所もなく、いつ食べ物を口にしたのかも覚えていない」
初めて歌詞を見たとき、メロディの雰囲気と大きく異なっている気がして驚きました。なぜ甘い感じのコーラスまで入っているメロディにこのような歌詞がついたのか。その真意はわかりませんが、もしかすると、この曲が生まれた1960年代の時代背景のようなものが関わっているのかもしれません。
ともあれ、私がランニングでかなりツラい状況に陥った際にこの曲を思い起こすようになったのは、メロディの良さに加えて上に私訳を載せた歌詞が含まれているからです。
フルマラソンやそれよりも短いロードのランニングでは、もちろん大会となれば相当きついことはきついのですが、ロックステディの緩いリズムとメロディは自分が走るテンポに合いません(私はランニング中に音楽を聴かないので、どんな曲でも、自分で頭の中に浮かべたり口ずさんだりするだけです)。でも、ウルトラマラソンやトレイルランだと、平地のフルマラソンよりもずっとスピードが遅くなり、走る時間も長くなり、筋力や関節が疲労の極致に至って前に進むこと自体が苦行のようになってきます。この曲が効果を発揮してくるのはそんなときです。
正直に書けば、ランニング中にいくらツラくなっても、この曲で歌われるほどの絶望的な状況にはなっていません。とはいえ、走っているのか歩いているのかもわからないようなペースでどうにかゴールに向かっているようなとき、この曲のゆったりしたリズムが不思議と自分の走りと調和するようになってきます。ズタボロ感があっても、自分だけ周りの人と全然違うことをしているような思いがしてきても、どうにか前に進んでいこうと気持ちを緩やかに奮い立たせることができるのです。
この「緩やかに」というのが私にとっては大切なところです。ウルトラマラソンなどで疲れ果てているときには、勢いの良い曲を思い起こしてもなかなか自分の気分に合わないからです。
もうひとつ、この曲のよいところがあります。英語で歌われている曲なので頭の中でかけようとしてもなかなか歌詞が浮かんでこないのですが、曲の冒頭でありサビでもある印象的なメロディの部分の歌詞が、意味のない(そして覚えやすい)「Ba boo ba boo ba baya」というフレーズの繰り返しになっていることです。
先日、THE HIGH-LOWSの「日曜日よりの使者」のことを取り上げた際にも、歌詞の「Sha la la Sha la la ~」の部分が走っているときでも思い起こしたり口ずさんだりしやすくてよいと書きました。
それと同様に「Let Them Say」も、疲れ果てているときでも「バーブーバーブバッバーヤー」と繰り返してメロディを紡いでいけば、この曲のもっとも印象的な部分を口ずさむことができるのです。私にとって、長距離・長時間のランニングをする際の大きな支えとなる曲です。
最後にボブ・アンディのことをもう少し。
彼は、1960年代のロックステディの時代からずっとジャマイカで活動してきたミュージシャンです。ジャマイカにはスカからレゲエに至るまで、伝説的なバンドやミュージシャンがたくさんいますが、スカタライツのオリジナルメンバーがもうほとんど残っておらず、ボブ・マーリーも40年近く前に世を去っている中で、長らく命をつないできた人でした。そして、今年(2020年)3月に永眠しました。
彼のアルバムの中でもとりわけ名曲ぞろいの「Bob Andy's Song Book」は、なぜかApple MusicにもAmazon Musicにも含まれていません。「Let Them Say」などいくつかの曲は、他のアルバムにも入っているのでこれらで聴くことはできますが、名盤中の名盤である「Bob Andy's Song Book」を、機会を見つけてぜひ通しで聴いていただきたいものです。
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