ブカレストでルーマニア人に集られた話
ルーマニアの首都 ブカレストはヨーロッパの中でとりわけ治安が悪いことで有名だ。
数多くのサイトやブログ、情報誌等で治安が最悪と紹介されており、ニセ警官やぼったくりタクシーに注意する必要があると口酸っぱく書かれている。
海外での一人旅が初めての私は、置き引きや盗難には特に用心しており、バッテリーなどいくつか盗まれたものはあるが、カバン自体を盗られたりすることはなかった。
しかしながら、気前よく話しかけてくる外国人に対しては特段警戒していなかった。
トルコ イスタンブールのハルカリ駅から国際列車に揺られ、ブカレスト北駅に到着したのは翌日の18時のことだった。
その日の乗継の指定券が確保できていなかったため、販売窓口を探すことにしたのだが、インフォメーションセンターで聞いても窓口は一向に見つからない。
仕方なくあたりを彷徨っていると、一人の外国人男性が声をかけてきた。
「Are you Japanese.....? Samurai!? Kendo! Ninja!!」
突然の出来事に驚いたものの、話しかけてきた彼はとても気さくで、数分もたたないうちに打ち解けた。その流れで迷子になっている事を話すと、販売窓口まで案内をしてくれた。
案内してくれたことに対してお礼を言い、別れようと思ったが、その人は「Come on!! I'll guide to good restaurant!!」と私を誘う。
今思えば、少々怪しさも感じられるが、当時の私はとても優しい人だとしか考えてなかった。こういうのが繁華街でキャッチに引っかかるタイプである。
彼に言われるがままついていき、案内されたのは駅構内に位置する Bistro Nord という店だ。
ルーマニア産のビール、ルーマニア産の小麦を使ったパン、チキンのスープやステーキはどれも美味しいもので、結構な満足感が得られた。
また、話に夢中で写真を撮っていなかったが、ご飯を蒸して野菜と和えた料理もとても美味しかった。
食事をする間に、互いの国の文化や言語を中心に語り合い、様々な文化を知ることが出来たと同時に、異文化交流の楽しさを感じることができた。
時刻は20時をまわり、だんだんと日が落ちてきた。客足が少なくなってきたこともあり、彼はGoogle翻訳を使って日本語で猥談を始めた。内容は男子高校生がしていそうなものであったが、その場に日本人がいたらかなり気まずいことになっていただろう。突然の猥談には驚いたが、同時にエロは世界共通であると実感した。
楽しい食事の時間も終わり、会計をすることになったが、ここで無意識に日本人特有の社交辞令「私が出します!」使ってしまった。相手の目にはさぞかし気前のいい旅人に見えたのだろう。
食事を終え、列車が出発する22時頃までベンチでお喋りをすることにしたのだが、ここで彼が本性を表した。
「100ユーロは日本円でいくらですか?」
と突然問いかけてきたのである。
何かを察した私は
『14,000円程度です』とだけ答えることにした。
それに対し彼は上のように告げ、続けて100ユーロを要求してきた。露骨な乞食行為にとても驚き、どうするか悩んだものの、現状はかなりピンチである。走って逃げたところで、現地をよく知る人からは逃れられない。さらに乗る列車まで把握されているため、頭端式のホームの入り口で待ち伏せされてしまったら詰みである。
誰かに助けを求めることも考えたが、下手に動けば何をされるか分からない。万が一武器でも持ってたら太刀打ちできない… ということで、どうにかして平和的解決を試みることにした。
まず財布(中身は100ルーブル、5ユーロ、20リラ、小銭が数百円程度のみ)を見せ、現金の持ち合わせがないことを必死にアピールした。
彼もどうにかして金を出させたいようで、いま投資をしてくれたら次のルーマニア旅行で手助けをすると訴えかけてきた。少々いい話かもしれないと思ったが、相手の連絡先等は全く知らず、もし知っていたとしても次回訪れたときに会える望みは薄いだろう…
結果的に私の必死のアピールで納得させ、帰らせることに成功した。
食事の時間がとても楽しいものであったために、最後の乞食はとても残念である。
旅先で知らない人と話すのは割とあることだが、相手の言われるままホイホイついて行ってしまうのはとても危険であると身を持って感じた。
パンデミックで職をなくしてしまった彼だが、それでも家族を養っていく必要がある。私のような旅人から物を奪おうとしなかったことに感謝しつつ、彼の再就職を祈りたい。