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【北欧読書13】「ジャガイモ休暇」から「読書休暇」へ

スウェーデンでも子どもの読書離れは他のスカンジナビア諸国と同様、深刻な問題で、学校現場でも図書館界でもその対策に長期間取り組んできた。なぜなら読書でしか見えない風景があるからだ

スウェーデンの学校には冬に1週間、秋に1週間の休暇がある。冬の休暇は1940年に厳寒期における学校の暖房費を節約するために導入されたもので、暖房に使われた燃料にちなんで「コークス休暇(Kokslov))と呼ばれていた。この休暇の間に様々なウィンタースポーツのイベントが開催され、今では「スポーツ休暇」として定着している。一方、秋の休暇は農村部に住む子どもたちが農業を手伝うために設けられていたもので、かつては「ジャガイモ休暇(Potatislov)」と呼ばれていた。

「ジャガイモ休暇」から「読書休暇」へ

ヨーテボリ・ブックフェアはスウェーデン最大の図書イベント。教育団体、図書館、出版界の代表者で構成される読書推進団体Läsrörelsenは2015年にこのブックフェアの会場で、第44週目に設定されている秋の学校休暇を「読書休暇(Läslov)」とすることを提案した。「読書休暇」は書籍・出版業界、図書館、書店、スポーツ団体、労働組合、文化機関、企業などを巻き込んで展開されるようになったが、発案したLäsrörelsenとともにこの運動を主導したのは、大手出版社のBonnierförlagenとスウェーデン全土にある書店チェーンAkademibokhandelnだった。もちろんスウェーデン図書館協会(Svensk biblioteksförening)も早くからこの読書推進運動に参加した。

運動の一環としてハンバーガーチェーンのマクドナルドに『楽しい本(Läsglädje)』と呼ばれる小冊子が配付され、新聞の全面広告も読書休暇の記事を積極的に掲載した。全国の図書館、書店、スーパーマーケットもキャンペーンを行って読書休暇に参加した。2016年には当時、首相を務めていたステファン・ロヴェーン(Stefan Löfven)がこの休暇に賛同の意を表して、秋の休暇は公式に「読書休暇」となった。

2024年のテーマは詩

2024年の読書休暇は10月28日月曜日から始まった。2024年のテーマは「詩」である。「スウェーデンと詩」で思い起こされるのは、2011年のノーベル文学賞の受賞者がスウェーデンの詩人トマス・ヨスタ・トランストロンメル(Tomas Gösta Tranströmer)であったことである。詩を楽しむことが浸透しているスウェーデンであっても、詩がマイナーな文芸ジャンルであることは間違いない。

2024年の読書休暇では、就学前から高校生までの子どもたちが詩を読んだり書いたり批評する機会がふんだんに提供されることになった。子どもたちが詩に向き合えるように、スウェーデン文学デジタルアーカイブのポータルサイトLitteraturbankenは、愛をテーマとした50 の詩を収めた高校生向けの詩集Min hand är längtanを無料公開した。また小・中学生向けの詩集Tid för poesiが、全国の基礎学校5年生が在籍するクラスに無料頒布された。

図書館でも読書休暇の準備

スウェーデンにはインターネットが普及して間もない1996年に作られたインターネット上の読書推進のための総合情報サイト「子ども図書館」があり、子どもの読書に関わる様々な情報が集められている。そこには詩集のリスト、詩人へのインタビュー、詩を書くためのアドバイス等が掲載された「詩」に関するたくさんのコンテンツがある。2024年の読書休暇を迎えるにあたり、イベントを準備する図書館関係者にこのページが告知された。

そして読書休暇のイベントがはじまる

10月に入るとスウェーデン全土で読書休暇の関連イベントが続々と開始される。たとえばこんな企画が「読書休暇」公式サイトのカレンダーに並んでいる。

  • 全国に店舗を持つ老舗書店Akademibokhandelnでは、読書休暇に合わせた児童書のバーゲンセールが始まり、各店舗でハリーポッタークイズを実施しています

  • 学校図書館にある掲示板は、読書休暇の間「詩の掲示板」として、子どもたちが書いた詩や紹介したいお気に入りの詩を貼ったりできるようになります

  • ハロウィンをテーマに作家のトークショーとライティングワークショップを開催。ゲスト作家は自著の創作上の種明かしをしながら本について講義し、執筆ワークショップで子どもたちにライティングを教えます

「読書休暇」を成功させるコツ

主催団体のLäsrörelsenは図書館や書店で行われる読書休暇のためのイベントに役立ててもらおうと、「読書休暇」を成功させるためのヒントやアドバイスを公式サイトにまとめている。事前準備の際のヒントとして挙げられているのは、

  • イベントを手伝ってもらえそうな地元の作家、ジャーナリスト・俳優・アスリート・アーティストへ協力依頼をすること

  • ボランティアとして協力してくれる若者に積極的に声をかけること

  • 子どもたちをイベント計画に巻き込み、プログラムの共同主催者になってもらうこと

  • 国の助成金に申請し読書休暇のための資金を獲得すること

などである。

イベント会場はカフェからスイミングプールまで

イベントのためのアドバイスの中には、読書休暇のイベントの実施場所を図書館だけに限定せず、スイミングプールからカフェまでコミュニティの広い範囲に渡って開拓することが挙げられていたりする(「天候には気をつけて」という注意書きとともに。確かに北欧の10月末の天候には期待できない確率がかなり高いのだ)さらに「誰もが本や図書館に快適さを感じているわけではありません」とした上で、読書イベントを本以外のコンテンツ、たとえば、音楽、写真、マンガ、コンピューターゲーム、ダンス、映画などに結びつけて企画することが勧められている。その他、イベントの広報には図書館を最大限に活用すること、参加者の多少に関わらず対応可能なイベントにすること、飲食の提供はあくまでも添え物であること等、読書休暇イベントに取り組むにあたってヒントとなる情報がたくさん示されている。

スウェーデンでも子どもの読書離れは他のスカンジナビア諸国と同様、深刻な問題で、学校現場でも図書館界でもその対策に長期間取り組んできた。なぜなら読書でしか見えない風景があるからだ。しかしこの問題は解決には至っていない。子どもたちの時間と心がSNSに奪われる中で、読書休暇は図書館・出版界・書店が気持ちを合わせて読書振興に取り組む貴重な1週間なのである。

読書休暇のための情報

■「読書休暇」を発案した読書推進団体Läsrörelsen
https://www.lasrorelsen.nu/

■子どもの読書に関わる総合ポータルサイト「子ども図書館」www.barnensbibliotek.se

■子ども図書館「詩」のページ
https://barnensbibliotek.se/tema/poesi

■「読書休暇」公式サイト
https://läslov.se/

■読書休暇イベントのためのtips!
https://läslov.se/wp-content/uploads/2015/08/Tips_och_rad_för_ett_lyckat_Laslov_PDF.pdf

■読書休暇の歴史
https://www.lasrorelsen.nu/wordpress/wp-content/uploads/2017/05/Sammanfattning_LASLOV_dec2018.pdf

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筆者撮影・スウェーデン公共図書館の児童室(HögdalensBibliotek)


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