【北欧読書11】外界から閉ざされた地域に差し込む光:図書館のアウトリーチサービス
図書館という<場所>は図書館サービスの絶対的な要件ではない
図書館のアウトリーチサービス
アウトリーチサービスとは、さまざまな理由により図書館に到達できない利用者に、図書館が近づいていってサービスを提供する方法である。このサービスは現在では図書館に自力でアクセスすることが困難な住民へのサービスとして定着しているが、その源流は1920年代の女性図書館員による図書提供サービスにまでさかのぼることができると私は考えている。
20世紀初頭、当時アメリカ公共図書館の司書はほぼ女性であったが、馬にまたがりあるいは小舟に乗り込んで、山間部や外部から閉ざされたコミュニティに本を届けに向かった勇敢な女性図書館員がいた。彼女たちが丈夫なカバンに本を詰め、まさにこれから利用者の元に向かおうとしている勇姿を、今でもインターネット上のアーカイブズで閲覧できる(注1)。また『パピルスのなかの永遠:書物の歴史の物語』のエピローグでは、そうした女性司書の活動が活写されている(注2)。
険しい道のりを経て利用者の元にたどり着いた司書は、その到着を待ち侘びる人びとに本を届けるだけでなく、訪問先の家庭に入りこみ、そこで朗読をしたりすることもあったという。司書はきっと外界から閉ざされた地域に差し込む光のような存在だったに違いない。
図書館のミッションは図書館という場を通じて文化・情報をあまねく伝えていくことであるが、21世紀に入っても図書館にアクセスできない人は驚くほどたくさんいる。だからアウトリーチサービスはそのプロトタイプが出現してから1世紀以上経った今でも、世界各地でさまざまな形態をとって存在し続けている。一番よく知られているのは移動図書館かもしれない。
図書館が発達した国々でさえ、図書館をすべての地域に均等に配置することは困難だから、移動図書館は図書館がない地域の人々の文化アクセスを保障するための重要な手段となっている。ここからは移動図書館も含め、ユニークなアウトリーチサービスをいくつか紹介してみたいと思う。
国家横断型アウトリーチサービス
北欧の先住民族サーミはノルウェー、フィンランド、スウェーデンの北欧三国とロシアのコラ半島にまたがって居住している。スウェーデンとノルウェー国境周辺やフィンランドとノルウェー国境周辺の辺境地に暮らすサーミの人びとに図書館サービスを提供するために、移動図書館が国境を越えて図書館サービスを実施している。「国境を越える」と表現したが、そこには2つの意味がある。1つはブックバスの運行ルートが「国境」を物理的にまたいでいること、もう1つは移動図書館はサーミ人が先祖代々住んでいる地域を基点に考えられているので、近代国家が作り上げた「国境」という<とらえ方>を超えているということである。
北極圏の北欧共同運行図書館バス
先住民言語の多くがそうであるように、サーミ語は継承が危ぶまれる消滅危機言語グループに含まれる。だから図書館はサーミ語の保護と継承のために重要な役割を果たしている。国境横断型のバスの実例を紹介しよう。北欧共同運用移動図書館はフィンランド、ノルウェー、スウェーデンの国境地帯のムオニオ(Muonio)、エノンテキエ(Enontekiö), キイルナ(Kiiruna)、 カウトケイノ(Kautokeino)を運行している。車内にはフィンランド語、ノルウェー語、スウェーデン語、サーミ語、英語の資料が搭載されている(注4)。
トナカイを待つ
いくつもの湖を抜け、雪を抱く山々を縫うように走る移動図書館の様子は、動画でも視聴できる。どこまでも続くように見える道路と深い森が連続する光景を見ていると、自然に対する畏敬の念を抑えることはむずかしい。時々、移動図書館のルートとなる道路をトナカイが横切る。そんなとき、バスは車を一時停止して群れが通り過ぎるのを待つ。なぜならそこはトナカイの土地だから。
「移動図書館は唯一の文化手段です」
利用者は移動図書館を本当に頼りにしていて、近隣にバスがやってくるのを待っている。ブックバスの担当司書は、行く先々でブックバスを待つ利用者の好みをよく把握していて、図書館に利用者が好むであろう本が入るとブックバスにそれらを積み込んで利用者の元に向かう。
移動図書館にはさまざまな利用者がいる。教師をしているという利用者は自分もサーミ語を学んでいると言い「移動図書館がなかったら、図書館を利用するのは本当にたいへんなんです」と語る。また別の利用者は「移動図書館は本だけでなく文化を運んでくれる」と言う。文化施設や書店が次々と撤退する地域において、移動図書館は唯一の文化的存在であり、最後の文化的砦になっている。
「司書が本を持って利用者を訪問」
スウェーデンには「本が来る((Boken kommer)」と呼ばれる、アウトリーチサービスがある。これは主に図書館を訪れるのが困難な高齢者を対象に、司書が自宅を訪問して本を届けるサービスである。司書は新しい本を利用者に手渡すと同時に、読み終わった本をその場で回収する。「本が来る」の動画からは、司書の訪問を楽しみにしている利用者の様子がありありと伝わってくる。自分でお気に入りの本についてメモを作っていて、本の交換時に次回借りたい本を司書に伝える人もいる。
デジタル・アウトリーチサービス
デジタルサービスに特化した進化型アウトリーチ活動もある。デンマークのヴィボー図書館では,「図書館があなたのところに!」という、デジタル機器の出前サービスを2010年代半ばに開始した。
20世紀のブックバスは車に本を搭載したが、このニューモデルでは司書が小型のワゴン車にコンピュータ,タブレット型端末,スマートフォンなどを積みこんで、高齢者施設や学校を訪問している。訪問先ではデジタル機器の利用法の講習会やワークショップを行ったりする(注3)。
今から100年以上前のアウトリーチサービスと21世紀のアウトリーチサービス、そのどちらのサービスにも共通する特徴がある。それは図書館という<場所>が、図書館サービスの絶対的な要件ではないことを示している点だ。専門職がメディアを介して住民の学びを支援するという原則が貫かれていれば、それはどんな場所で行われてもどのような形を取ろうとも図書館サービスなのだ。
写真出典:吉田右子「自己との対話・他者との会話」:21世紀のデンマーク公共図書館がめざすもの『図書館雑誌』109/4, 2015年4月号, p. 221.
参考資料
極北地域のブックバスにご関心のある方は以下のビデオもお勧めです
■Reading North: Books in the Arctic
https://www.aljazeera.com/program/witness/2018/4/23/reading-north-books-in-the-arctic
■山間の移動図書館はサーミ地域の生命線(Tunturien kirjastoauto on saamelaisalueen elämänlanka)
https://yle.fi/aihe/artikkeli/2018/11/25/tunturien-kirjastoauto-on-saamelaisalueen-elamanlanka
■見出し画像 筆者撮影・ラトビアのリンゴの木
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?