ポルトガルの陶芸作家との出会い
リスボンで日本食レストランを始める際に、もう一つ調達しなければならない大切な難関は、器、です。
今は、和風やオリエンタル風の素敵な食器が色々と売られていたり、それ用に作ってくれる業者もいるけど、8年前は、なかなかそういうものは見つからなかった。
だからと言って、こちらの白い食器は丸いものばかりだし、あまりに味気ない。ポルトガルで有名なボルダロ・ピニェイロという、キャベツの葉の形のお皿で有名な、陶器のブランドもいいな、と思ったけど、値が張る上に、柔らかい素材ですぐに欠けてしまうから、飲食店には向かない。
元々ケータリングやうちレストランで使っていた食器がいくらかあったので、それをそのまま使ったり、日本に一時帰国した際に、大阪の道具屋筋でまとめて食器を買って、夫と手分けして持って帰ったりしていた。食器の中で、ポルトガルで最も難儀したのが、ご飯茶碗やお味噌汁茶碗。あのサイズや形って、確かにこちらではなかなか使わないもんね。
そうやって、何とか少しずつ日本で購入しては持ってきて、というふうにやりくりしていたのだけど、やっぱり家で食器を洗うのと、レストランで1日に何回も使い回して、食洗機でガンガン洗いまくって使うのとでは、状況が全然違う。しかも、こちらの洗い場担当の子たちは皆とても扱いが荒くて、気に入って購入した食器もあっという間に欠けてしまったり、知らないうちに割れて捨てられていたりで、涙が出そうになる。
だから、常に食器の数が足りなくなり、年中新しいお皿やお椀を探していた。もはやそれがライフワークみたいになっていた。
そこで、思いがけない素敵な出会いがあった。
マフラという、リスボンから車で3、40分海沿いに北上したところにある、森の中の素敵なギャラリーで、夫の絵が数店展示されることになった。その展覧会のオープニングに行った時に、他のアーティストたちの作品も色々と展示されていた中に、特に目を引いたのは、マルティンとカルミラ夫婦の茶器。マスタード色っぽい黄色やターコイズブルーが鮮明で、そのビビッドな色使いが印象的だけど、日本のお抹茶用のその器はとても印象的で素敵だったのを覚えている。すぐに作家の名前を聞いて、紹介してもらった。
そうだ、ローカルなものを使うことをコンセプトにしているのだから、ポルトガルの陶芸作家の器が使えたら本当に最高!
その後すぐに早速彼らの工房を訪れた。それもまた、マフラという場所の、海の近くの田舎に彼らの住居兼工房があった。
きっとすぐに辿り着けないだろうと、わざわざわかりやすい場所まで車で迎えにきてくれたマルティン。年は40代後半くらいの優しそうな彼は、私たちと落ち合ったら工房まで案内してくれた。到着したら、出迎えてくれたのは、奥さんのカルミナ。彼女も笑顔がとても素敵で、本当に気さくな二人だった。マルティンが陶芸でフォルムを作り、カルミラが絵付けをする、という二人三脚で作品を作っている。工房で土の話や陶芸の話を、熱心に時間を忘れて、私たちがよくわからない専門的なことまで色々と詳しく話してくれる、穏やかな裏に、陶芸に対するすごい情熱が伝わった。
住居スペースには、彼らが実際に作った作品がたくさん並んでいて、色はマットな黒や焦茶、とても綺麗なグリーンやブルーなど、アースカラーのシックでシンプルなものばかりで、一瞬でその美しさに魅せられた。
彼らも、以前に日本の陶芸家の有名な方にポルトガルで研修を受けたりした経験があるらしく、実際に日本人の私たちから、日本食のために器を作るという、初めての挑戦に、とても意欲を示してくれて、本当に嬉しい!
マルティンも、カルミラも、普段は美術学校などで陶芸の教師を生業としている。作家としての作品は、食器ではなく、大きなアート作品がメインだ。結構有名な美術館などにも彼らの作品が販売されているらしい。その中でも一番オーダーがよく入り売れるのは、大きなカメレオンの置物だそうだ。
そんな話を聞いているうちに、ポルトガルでの陶芸家の実情みたいなものも、色々知ることができた。
「食器は、生活に密着しているものだし、僕たちもとても好きだから、本当はもっと作りたい。でもポルトガルは、みんな食器にお金をかけるっていう考えがあまりないんだ。有名な安いメーカーの陶器なんかを使う人がほとんどで、結局一番売れるのは、アート作品。このカメレオンだとか、こういう大きなアート作品は、なぜかどんなに高くても、とてもよく売れるんだよ。」
それって、もしかして日本とは逆な状況なのかな?日本は、生活に密着する食器は、少々高くても人気があるけど、アート作品となるとなかなか簡単には売れない印象がある。夫が画家としても活動していたので、こちらでの活動を見ていて、そう感じていた。
マルティンとカルミラの作ってきた今までの食器はどれもとても素敵だけど、サラダ用やスープ用の丸いボウル型がメインで、ちょっと店で出す食事用には難しい。彼らも、日本食はあまり馴染みがないから、それ以外にどんな用途でどんな形が必要なのか、いまいちピンと来ない。だから、私がサイズや希望の形の参考写真や絵を送って、やりとりしながら店用に、食器を作ってもらうことになった。
後編はまた後日!