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その瞳が語るもの
1話
「だから、聞いてる?」
視界に飛び込んできたのは、幼馴染の不貞腐れた表情だった。
木本 青羽(きのもと あおば)
高校2年生。
二重のぱっちりした目と、小さな鼻、自己主張の強そうなプクッとした唇を突き出す彼女のこんな表情は、物心ついた頃からよく見せられてきた。
青羽がこんな顔して俺に話を聞いて欲しいとせがんでくるのは、いつだって恋愛真っ只中の時。
年上の、背が高くて、運動神経が良くて、女性の扱いがスマートで、笑顔が素敵……な相手をロックオンしたら最後、青羽はどっぷりその恋に浸かる。
そして逐一俺に話を聞かせにくる。
今だって放課後、他に誰もいない教室の窓から見えるグラウンドを見下ろして上機嫌だ。
生まれた時から隣同士で、親同士も仲良くて、まるで姉弟みたいな距離で過ごしてきた。
小学校に入るまでは、青羽は本当に俺の姉なんだと思っていた。
赤の他人だったと知った時の俺の歓喜は、きっと誰も知らない。
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2話
「聞こえてるから、喚くなよ」
容赦のない冷たい視線で私を見るのは、同じクラスで隣の席で、家まで隣の、所謂幼馴染の、篠宮 里大(しのみや りた)。
中学入学の頃は同級生の中で1番チビだったくせに、気付けば遥か見上げる場所にその端正な顔はあった。
愛想は皆無なくせに、背の高さと頭の良さと意外にも足が速いところが女子にモテる。
ちょっとムカつく相手だ。
ムカつく……けど、気付けば私は里大の隣をキープしている。
他の女子には恨まれないように、他の男子に恋してるフリをして、その惚気を幼馴染に聴かせているという体を装って。
「だからね?坂里先輩ってば、私が運んでたハードルを横からヒョイって軽々と持ち上げてさ、『女の子がこんな重たいもの持たなくていいよ』って〜!すごくない?スマートだし、優しいし、いいよねぇ……」
「……お前、それより重たい米袋、この前肩に担いで運んでただろ」
「な!あれ、見てたの?あ、あれはおばあちゃんが腰が悪いのに無理しようとするから!」
だから、幼馴染ってやだよ。
隠したい日常を遠慮なく暴く。
だから里大とは、いつまでたっても幼馴染以上の関係をつくれない。
3話
「そういうこと学校で言わないでよ!」
真っ赤になって怒る青羽を横目で見て、広げていた参考書で口元を隠した。
ばあちゃんの代わりに、米袋抱えてよろけつつ歩く青羽の姿を思い出して、おかしくなったからだ。
青羽は優しい。
人を気遣い、自分は無理しても相手を優先する。
その優しさに傷つくところだって、たくさん見てきた。
俺にしとけばいいのに。
いつも誰かに一生懸命恋をして、そして傷つく彼女に声には出さずにそう思ってた。
中学の頃、同じクラスの女子に青羽が言っていた言葉が、俺の心臓に小さな棘を立てた。
『里大のことは同じ歳だけど、弟にしか見えないから』
決定的な対象外発言に、俺の心臓に刺さった棘はじわじわと深く沈み、小さな傷口から流れる血は、俺の体の奥に溜まっていって苦しくなる一方だ。
止血する術はない。
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4話
読んでいた参考書を机の上に置き、小さく溜息をついた里大が呆れたように呟いた。
「いい加減、影から見てるばっかじゃなくて告ればいいだろ」
「……え?」
言葉の意味を理解できなかったわけじゃない。
でも、こんなふうに彼が告白を急かすような言い方をしたのは初めてで、だから心底驚いた。
今まで、私が一方的に推しの話を聞かせて、それをただうるさそうに聞いていた里大。
私にとっては、それが逆に嬉しかった。
推しに熱をあげる女子の戯言だと、そんなふうに軽くみられていたのだとしても、その方が良かった。
こんな風に背中を押されたら、ショックでしかない。
一気に鳩尾の辺りが苦しくなって、目元が熱くなって、視界が波打ったように歪んだ。
目の前の里大の目が大きく見開かれたのが、なんとなく見えて、自分の愚行に気づいた。
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5話
え!……なんで泣くんだよ?
さっきまで幸せそうに先輩の話をしていた青羽の目が、今は大粒の涙を溜めて驚いた顔で俺を見ていた。
青羽を泣かせたのは、小学校の頃以来だ。
あの頃、幼馴染でいつもそばにいる俺らはクラスメイト達から事あるごとにから揶揄われた。
今だったら気にもならないような、馬鹿みたいな揶揄いの言葉に、多感な年代だった俺は、青羽に離れるように言い放ったことがあった。
別に二度と会わない訳じゃないし、学校でだけ距離を取れたらよかった。
あの時もこんな顔をして俺を見て、ポロポロと声もなく泣いた。
それがひどくショックで、あれ以来俺の中では『離れる』という言葉は青羽に対しては禁忌になった。
そのせいで今苦しい思いをしているのだが、青羽を泣かせるよりはましだと自分に言い聞かせている。
だけど、俺は今別に禁忌は口にしていない。
それよりも、俺なりに応援したつもりだったのに。
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6話
里大の言葉で泣いたのは、小学校の時以来だ。
あの時も今みたいに、里大の口から出たのは私から離れたいと望む言葉だった。
やっぱり、ダメなの?
里大の隣にずっといるのは、ダメなのかな?
ねぇ、もし私が今本当の気持ちを言ったら里大はどうする?
迷惑だって思う?
呆れた顔をする?
嘘つきな私を軽蔑するかな?
でも、私も限界。
ずっとずっと胸の奥に閉じ込めてきたこの想いが、今は口から溢れ出しそうだよ。
いっそ、本心を言って、そうしてキッパリと振られた方が楽になれるんじゃないのかな?
「……青羽?」
ついさっきまで見下ろしていたグラウンドに背を向けて、私は里大を見下ろした。
座ったまま私を見上げる里大は、訝しげに眉を寄せている。
彼は知らない。
数秒後に、ただの隣人で幼馴染で姉弟みたいな関係の私から、想いを告げられることを。
好きになったのは里大だけ。
だから、今まで告白したことも、失恋したことも、まして思いが通じたこともない。
最初に味わうのが失恋の痛みだなんて、ちょっと辛いけど。
でも、今みたいに苦しいのは嫌なの。
「里大、あのね!私がずっと好きだったのはっ……」
7話
目に涙を溜めた青羽の口から告げられた言葉に、俺は息をのんだ。
え?今、なんて言った?
もいっかい、聞かせて欲しい。
「青……」
俺がずっと、ずっと望んでいた言葉だったはずなんだ。
欲しくて、欲しくて。
でももらえるわけがなかった言葉なんだ。
自分からは言えなくて、けれど俺はずっとその言葉を青羽の口から聞きたいって思ってた。
もいっかい。
もう一回聞かせて欲しい。
青羽がもう一度だけ、俺にその言葉を言ってくれたら、その瞬間に世界が終わっても悔いはない……。
なんて、そんなの嫌だよ。
今のはナシ!
これから幸せの絶頂なんだ。さらに上を目指すんだ新しい2人の世界で……。
だから、青羽……。
「……青羽、今のって……」
「だから、アンタのことが好きだって言った」
長年の片思いは疑心暗鬼な俺を作っていたらしい。
怒ったように放つ、青羽の言葉に不安を吐露してしまった。
「……マジかよ。揶揄ってるんじゃないだろーな?」
「は?そんなわけ……」
怒っているのに、真っ赤になっている青羽が可愛くて、俺は思わず彼女の腕を掴んで引き寄せていた。
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「俺の方がずっと前から……」
唇が触れそうなくらい近くまできた青羽に向けて、俺は想いを口にする。
青羽の顔が驚きの直後、幸せそうに綻ぶのを見た……その時。
「青羽、今のそれなに?」
声に驚いた青羽が、俺の手を振り解き、彼女は俺から離れた。
俺と青羽は同時に教室の入り口を見る。
最終話
「……かのこ」
教室の入り口から入ってきたのは、親友の戸山かのこ(とやま かのこ)だ。
いつだったか、かのこは里大のことを好きかもしれないと話していたことがあった。
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それをなんとなく聞き流して、自分の気持ちは親友である彼女にも言ったことはない。
それを今このタイミングで知られてしまった。
怒りに満ちた彼女の視線から逃げられず、里大から離れた。
好きだと言われた。
里大も私のことを好きだと……。
すごく嬉しいのに、親友にずっと嘘をついてきたその事実が私を打ちのめす。
かのこが私へと近づき、もう一度同じ言葉を言った。
「青羽、今、里大くんになに言ってたの?」
「かのこ……わたし、」
俯き、うまく喋れない私の前に、怒った顔をした親友と、その成り行きを不安げに見守る好きな人がいる。
私はどうしたらいいんだろう?
どうするのが正解なんだろう?
私は、どうしたいんだろう……。
どちらの選択をしても、私は大事な人を失う気がして絶望に包まれた。
でも、私は……。
たった一つ本当に手に入れたいもののために、もう嘘をつく気はないんだ。
そう考えて、目の前の親友の顔をじっと見つめ口を開く。
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完結
あとがき
この作品は、私が投稿サイトで2021年から公開している作品です。
拙いんですが、シンプルな文字だけで綴った作品です。
こんな雰囲気の作品を「真弥」というPNで書いておりました。
挿絵はcanvaの画像をお借りしましたが、絵が描けたらもっと伝わるものもあるのにな〜と絵心が皆無な私は思ってしまう…。
Yuikaさんの「恋泥棒」を聴いていたら、この作品のことを思い出したので、こちらに挙げてみました。
是非Yuikaさんの「恋泥棒」を聴きながらお楽しみいただけると幸いです。
読んでくださって、ありがとうございました。