「オッサンの放物線」 #5ヘルニアマン
~連続しょうもな小説~
「オッサンの放物線」 第五話ヘルニアマン
2023年1月1日
私が鼻から半分北極熊を出しているというのに、この家の人達は皆平然とおせち料理を食べている。
私は小さな声で呟いた。
「ひっこめ…。」
すると、北極熊はスルッと鼻の穴へ戻っていった。
兄が言った。
「ひっこめって…。くしゃみが?」
し~ん…。
「ヒャハハハハハハハハ。」
「カカカカカッカカカカ。」
「ケケケケケケケケッケ。」
「ひっこめ言うたら、くしゃみ止まるんかいな。」
「ハハハッハハハハハハ。」
みんな笑っている。母まで笑っている。
久しぶりやな。
みんなで笑うの…。
「ケケ…。ケケケ。」
いやいやいやいや!
さっきの見てないんか!?
気づかんわけ無いやろ!
3メーター級やぞ!上半身だけやけど。
俺しか見えてないんか!?
それはそれで、大問題やんけ…。
どっか悪いんか?
しかし。
私だけではなかったようだ。
良かったのか、悪かったのか。
さっきのシロクマ見たの。
私だけではなかったようだ…。
今までクークーと寝息たてて眠っていた、14歳の老犬。
マルチーズの「アキ」が明らかに私の鼻の方を見て、ガタガタ震えているのだ。
(このオッサン、鼻から猛獣出しよったで。)
って顔で怯えているのだ。
なんや。アレは。
心の清いジジイと犬にしか見えへんのか?
なんか、おかしいよな。
やっぱり昨日から…。
ちょっと待てよ。
あん時ぐらいから、ちょっとずつ変やったよな…。
2022年11月27日
父の命日から少し過ぎていたが、私は墓参りをしていた。
いや命日とは関係なく、私は月に一度ぐらいのペースでここへ来ている。
最初の頃は子供達も連れて来ていたが、最近は誰も来たがらない。
霊園の管理棟でマッチ、線香、蝋燭の「お墓参りセット100円」を自販機で買う。
お金を入れてボタンを押したら、「お墓参りセット」の扉が開く。
グズグズしていると、この扉は閉まる。
そして二度と開かない。
一度、管理事務所が休みの時にコレをやってしまい100円損した事がある。
あと、一対1000円の墓花を買ってウチの墓へ向かう。
両手にお墓参りセット、墓花、バケツの水を持っている。
外の風は冷たくて、コートの前を閉めなかった事を後悔した。
中、セーターやし。
スースーするわ…。
父の病名が解って、しばらくして私は墓を建てた。
まだ生きていた父と一緒にみんなで開眼法要をやったのが、もう10年前だ。
ここへ来ると、何となく心の中が整理される気がする。
好き勝手生きて来たが。
なんか最近しんどい。
お父さん…。
あと何回、この季節を越えたら。
俺もここへ埋めてくれるんやろか…。
石に刻んだ父の名前は、当たり前に何も言わない。
一昨年死んだウチの犬も、同じ霊園内の動物墓地に埋葬してもらっている。
いつも線香をちょっとだけ残して置いて、そのまま動物の共同墓地へ行く。
「ミーコ。父さん来たよ。」
線香に火を点けて線香皿に置く。
骨を安置した地面の丸い石蓋の方に目をやると、ミーコが駆け寄って来るような気がした。
「あれ?コレって日本におるん?」
人面カメムシをご存知だろうか?
背中が相撲取りの顔のような模様のカメムシだ。
そいつが動物墓地の石畳の地面を這っている。
そして何故か、後ろ向きだ。
「カメムシって、バックできるんや…。」
どうでもいい事が気になってしょうがない48歳。
私は指でツンツンとカメムシを突く。
ひっくり返った…。
指をにおった…。
「くっさ!!!」
アホらしい。
何をやっているのか。
「寒む。もう帰ろ。」
まだ開けたままだったコートの前を閉めようと胸元を見ると。
20センチほどセーターの毛糸がほつれて垂れている。
「しもた。どっか引っ掛けたんか?なんか先っちょ輪っかになってるぞ。」
私は何気なく、その輪っかに指を入れ引っ張ってしまった。
「ガルルルルルルルルルルルン!!!!!!!!」
どこかで草刈り機の様な音がする。
「アイタタタ!」
ぱっくり割れた私の額からチェンソー…。
は、出てこないで。
首の後ろから「椎間板」が出てきた。
それが「頸椎椎間板ヘルニア」であることは、後日撮ったMRIで判ったのだけれども。
つづく。