「鶴の一声」のせいで…
現実で割り込みすると怒られるのに、仕事では怒られない。半年以上前から他部署にお願いしていた仕事が、急速に優先順位が下落した。まるで金融恐慌のような急降下だ。
原因は「鶴の一声」だった。会社の社長が、その部署がすすめる新サービスの進捗の悪さにブチ切れた。そして「何とかしろ!!!」と叫んだのだ。つい数時間前に言われた社長の指令は、半年以上前のわたしの依頼を押しのけて最優先となった。もうみんなわたしの仕事を忘れてしまったのだろうか。部署全員で、新サービスにかかりっきりになってしまった。
社会人になるまでは、鶴の一声が憧れだった。テレビドラマで、悪い方向へ進んでいた会議が、偉い人のことばで一変して良い方向に進む場面をよく見かけた。当時、打ち合わせで意見すらまともに言えない私にとっては、鶴の一声は正反対の存在だった。自分のことばで人を強く動かせていいなぁ。自分もいつか周りを動かせるようになりたいなぁ。とものすごく羨ましいと考えていたのだ。
ただ鶴の一声は、そんなかっこいいもんじゃなかった。どこかに必ず影ができる。光に当たっている場所では、一声によって事態が好転し、春のような過ごしやすい世界になっている。一方影の中では誰かが転倒したり、苦しめられていたとしても、一声の輝きによって全く見えなくなってしまう。鶴の一声は正義だ。でもその正義のせいで、わたしのような弱者が苦しみを背負うようになっる。
鶴の一声は強力だからこそ、全員を救えない。誰かの助けになれば、どこかでは誰かの邪魔をしている。もし鶴の一声が発せられる立場になったら、その声でどこが影になってしまうのか考えられるようにしたい。いつ鶴になれるか全く見通しが立たないけどね。笑