自由になれるのは夏休みだけじゃない
あるテレビ番組で、「夏のにおいが好き」と話す女性がいた。
夏のにおいとは、夏が始まる予感のする空気のにおいだ。そして夏のにおいが好きだからこそ、8月はあまり好きになれない。なぜなら、夏が終わっていき夏のにおいがなくなる感じがとても切ないんだと話していた。
気持ちはわかる。平日の朝に玄関を開けた瞬間、おしよせる夏のにおいは結構好きだ。むしむししてとても暑いんだけど、「夏のにおい」のおかげで、これからプールに遊びに行くような高揚感を一瞬だけでも感じられる。
なぜ、春でも秋でも冬でもなく、「夏のにおい」が人の心を動かすのだろうか?そもそも「夏のにおい」とは何なのだろうか?
科学的ににおいの正体はわからないけれど、わたしは「夏休みの自由」が正体だと思っている。夏休みといっても、大学生の長過ぎる休みでも、社会人の1週間の有給ではない。小中高の7月後半から8月下旬まである、人生最初の夏休みだ。
子どもには意外と自由が少ない。きっちり決められた時間割に従って授業を受け、習い事や宿題もやらなきゃいけないし、大人の言うことは聞かなきゃいけない。放課後に友達と遊んでも、友達同士のルールや約束に縛られれば自由ではない。子どもには子どもなりのしがらみが存在している。
夏休みは、そんな子どもが人生で初めて手にする自由の時間だ。普段は見られない平日昼間の番組、暑い外から帰ってきて飲んだサイダー、テーマが自由の読書感想文や自由研究……山のような宿題はあるけれど、普段よりも「大人の言うこと」から解放され、自分の好きなように時間を使える期間だった。
あの時、生まれて初めて自由を獲得した感覚は今でも覚えている。うれしくて誇らしくて、ちょっと不安だった。大人になった今でも、その自由の感覚が「夏のにおい」となって顔を出すのかもしれない。
8月が好きになれないのは、自由が終わってしまう悲しみに浸るからだろう。でも自由って、季節とともに消えていくものではない。本当はいつだって自由になれる。「本当はもっと自由に過ごせるんだよ?」といいに来るために、「夏のにおい」は存在しているのかもしれない。
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