ショートショート:だから、撮影現場に犬は連れて来るな
これは私がある映画の制作進行として現場で働いた時に実際に体験したことを多少の脚色をつけて書いた短編小説です。「へ~、裏ではこんなことをやってるんだ~」という感じで読んでいただければと思います。
【だから撮影現場に犬は連れて来るな】
「ワンワン!」
「カワイイですね。名前は?」
「ラッキーよ」
「年は?」
「もう15歳ね。人間だと76歳くらい。もう階段も上がれないの」
石崎は伊藤が持つ犬を撫でていた。
「おい、石崎。何してるんだ!現場はどうした!?」
田原が石崎を叱責する。
「あ、すいません!」
慌てて石崎は屋上に向かう。そこには、既に技術部が揃い、撮影が始まろうとしていた。
「遅いんだよ!」
関谷が石崎の腹に拳をめり込ませる。
「す、すいません!」
「何をしてた?」
「ちょっと、犬と遊んでました・・・」
「え?犬?なんで?誰の?」
関谷がポカンとした表情で石崎に聞く。
「伊藤さんの犬です。理由はわかんないです・・・」
「現場に犬、連れてきたの・・・?衣装部は何を考えてるのか・・・」
関谷は腕を組む。
「あれ?ていうか、なんでみなさんがここに?」
「オマエのせいだろうが!オマエがいつまで経っても現場に来ないから」
田原が石崎に辛辣な表情を向ける。いつもであれば、現場に張り付くのは石崎一人と決まっているのだ。
「それは大変、失礼いたしました・・・」
撮影が始まる。
「では、あと3カットで今日は終了です」
助監督の黒川が周知する。
「それでは、本番に参ります。よ~い、アクション!」
撮影が始まる。俳優やカメラマンが打ち合わせ通りの動きをし、問題なく1カットが終わる。
「はい、カット!」
黒川が声を張る。石崎は田原の耳元でささやく。
「では、私は各部屋のゴミの回収に行ってきましょうか?」
田原は静かに周りを見渡す。
「そうだな。頼む」
映画の現場では毎日、大量のゴミが発生する。それを毎日、回収し、新しい袋と取り換える。そして、次の日には皆が気持ちよく現場の朝を迎えてもらうためだ。
「よし、後は衣装部の部屋だな」
両手にゴミ袋を抱えた石崎はよろつきながら階段を下り、衣装室の部屋へ向かう。そして、ゴミ袋をドアの前に置き、ノックをする。衣装室だから万が一、誰かが着替えていたら大変なことになるからだ。
「入りま~す」
石崎がゆっくりとドアを開ける。すると足元を素早く何かが駆け抜けた。足元を見るが、何もない。後ろから遠ざかる足音が聞こえる。
「ワンワン!!!!」
石崎が振り返るとラッキーが中庭に通じる廊下を一直線に駆け抜けていた。飼い主を呼ぶようにラッキーは吠える。
「それでは、本番に参ります」
トランシーバーから黒川の声が聞こえる。
「ヤバイヤバイヤバイ!!!」
中庭は屋外なので音が屋上に丸聞こえになる。それまでに捕まえないと本編に犬の鳴き声が入ってしまう。しかし、人間の足では犬の足には追い付けない。犬は中庭に通じる最後の角を曲がる。
「ヤバイ・・・!」
石崎も角を曲がる。すると、そこには階段を見上げて吠えるラッキーがいた。石崎はホッと胸をなでおろす。そして、ラッキーの脇腹を抱え、胸に抱きよせる。
「ワンワンワン!!!!!」
ラッキーは一層、大きく吠え出す。石崎は慌てて口を塞ごうとするが、噛みつかれる。
「いたっ!」
「よ~い!」
黒川の声がトランシーバーから聞こえる。石崎はとりあえず犬の喉を掴んでブンブンと前後に振る。何か考えがあったわけではない。ただパニックだ。
「ギャワン!!!」
断末魔のような声を上げ、ラッキーは静かになった。
「アクション!」
黒川の声が聞こえる。石崎は太いため息を吐く。ふとラッキーが動かないことに気づいた。
「あれ?」
石崎はラッキーを揺する。しかし、反応はない。
「おい!」
石崎がラッキーをより強く揺する。
「グ~ッ」
とラッキーがうなり声のようなものをあげる。石崎はさっきよりも太いため息を吐く。そして、衣装室にラッキーを戻し、ドアを閉める。そんな石崎をラッキーは敵意のこもった目で見つめていた。石崎はふらふらと屋上に戻る。
「どうした?」
田原が石崎に尋ねる、
「実は・・・」
石崎は事の一部始終を伝える。その話を聞き終わったころには田原は腹を抱えて笑っていた。
「それは傑作だな」
「笑い事じゃないですよ。田原さんから伊藤さんに言ってくださいよ!」
「分かった、分かった」
笑いながら田原は答える
「あ、そういえば」
田原は思い出したように石崎に尋ねる。
「オマエ、衣装室のゴミは回収したの?」
「あ・・・」
つづく・・・
いかがだったでしょうか?ラッキーがあそこで死んでいたらさらに長く面白くなったかもしれませんが、これはショートショートなので短く納めさせていただきました。
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