2021年 冬(佐藤正午 小説家の四季)を読む
岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」に年4回、佐藤正午のエッセイが掲載されていて、もう何年も「春夏秋冬」を楽しんでいる。
小学館の「きらら」の佐藤正午の「ロングインタビュー」も楽しみに定期購読していたが、こちらも今はWEBでの連載になり、ネットで読んでいる。
ネットで読むエッセイは、大河の流れに乗っていつのまにか見えなくなってしまう。だから、そうならないようにここにピン留めする。
小学校時代転校生だった作者が心を通わせた友人の話。
成長してからは、偶然の再会にも「共通点を見いだせない」関係になってしまっていた。そして、ふとしたことから見つけた共通点は「箸の持ち方」。
時空をいくつも超えての思い出話が、多重奏のようにじわじわと積み重なっていく。
>僕自身のどんな思いにもおかまいなく、ただ記憶がむこうからやって来る。記憶の切れ端が、頭をよぎっていく。
知り合いの訃報に触れたあとの、この感覚はとてもよくわかる。
ときどきふっと記憶に浮かび上がる。この感覚。
だけどそれを言葉にすることもできず、そのまま「その喪失感の居心地の悪さ」を感じていた。
すごいな、じわじわくる、なんと言えばいいんだろう?
この傑作感?
そんなことを考えながら、1日の終わりのネットの片隅にこれを見つけたことに心底嬉しくなった。
心までぽっとあたたかくなった。
あたたかくなったまま幸せに眠りについた。
言葉にならない感覚を言葉にできる人がいて、わたしたちはまたひとつ、新しい感情に名前をつけることができた。