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川上未映子「黄色い家」


初出は2021年の読売新聞の連載小説。

とても貧しい母子家庭で育った「花」が、その家にある日に寝ていた「黄美子さん」と出会い、一緒に暮らすようになる。
その後、黄美子さんと、3人の若い少女たちの生活が、どういうふうに流れ、どういうふうに転がってゆくかが描かれた長編小説。

「花」にとって黄美子さんが圧倒的な存在であったように、読者のわたしにとっても黄美子さんは圧倒的だった。
すべてを「見ないことにして」許してくれる。
そして「おなかが空いてないか?」を常に気遣ってくれ、小さい布巾で部屋のあちこちの埃を払ってゆく。
黄色は金運の色と、部屋に黄色いものを集めたコーナーを作る。

だけど。
それだけじゃ、人は生きていけないのだ。

運良く貸してくれる人が現れて「れもん」というスナックを二人でやるが、そこも火災で消失してしまう。
花は「またれもんをやりたい」とお金を稼ぐが、黄美子さんには「そのための方法」や「計画」は存在しない。

歓楽街で出会った蘭、仲の悪い両親の家に育った裕福だけど冴えない女子高生の桃子。そして、花、黄美子さんの4人が一緒に暮らす。
花は「生きていくために稼ぐことが必要」と思う。
黄美子さんは、これから続く生活のためのお金という「将来のための貯蓄」はわからない。

だけど、わたしの中では、なにもかもがよくわからない黄美子さんが圧倒的だったのだ。

>しばらく無言のままでわたしの作業をじっと見たあとで、(黄美子さんは)お腹はすいていないのかと訊いてきた。お腹なんてすいてないよ、とまだ苛立ったわたしが言い捨てると、黄美子さんは「わたしには、そういうことしかわからない」と言った。
〜中略〜
「花。花。わたしは、腹が減ってんのかなとか、泣いてるなとか、そういうのだよ、なにすればいいか、そんならわかる」(黄色い家、本文より引用)

どんなにやばい状況で「警察に相談しよう」と言っても「警察なんてのは、わたしにはない」と言う。
お腹が空いているか、泣いてないか、だけが問題で、その中で生きていく。
シンプルで強い黄美子さん。

カード詐欺まがいのヤバいことをやりながら「ほんとうにいろんなことがあって」その中で必死で生き延びようとする「花」がいて、そこに半分ぶらさがっている「蘭」と「桃子」がいて、あとは黄美子さんがいる。

誰が正解でもなく、いろんな人が消えていって、いろんな人が生き延びる。

その中の共通項をひとつあげるとすれば「誰も、国家というシステムにつながっていない」ということかもしれない。

偽造の身分証で手に入れる携帯電話。
そして銀行の口座すらもない。現金は箱の中に積み上げられていく。
カード詐欺。ヤク中。
怪我させられても警察に駆け込むこともない。病院に連れていかれることもない。
「国家や身分証」というものがない世界でも、生きられるし、ときに生きられないことだってある。
この物語はそういう世界の中にある。

「うまく言えないけど、すごかった」としか言いようがないけれど。

わたしの中では黄美子さんが、だんだんメッキが剥がれていく神様みたいで、とにかく圧倒的だった。
これからも生き延びていく「花」の最初の一歩は黄美子さん。

そこから「花」の感情やいつくしみや、怒りの感情やそういったものがすべてはじまって、そして「花」が生きていけたんだと思っている。




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