「コロナと潜水服」奥田英朗〜死者と暮らしがつながってゆく世界
いとうせいこうの「想像ラジオ」は、東北大震災とつながっていた。
奥田英朗の「コロナと潜水服」は、タイトルどおりコロナとつながっている。
このふたつの作品の共通点は、「死者と生者がさかい目のない世界に同居している」ことだ。
もちろん内容はぜんぜん違うけど。
文章巧者奥田英朗のやわらかくリズミカルな文章の中に「見えないはずのもの」が登場する。こわくはない。うまく言えないけれど、つながっているから。
海の家
妻の浮気が原因でひと夏を海辺の借家ですごす男の話。そこに住む足音だけのタケシくんとの奇妙な同居。
ファイトクラブ
希望退職を断った者の集まり。追い出し部屋的な工場警備の仕事場に、昔のボクシング部の道具が発見された。コーチが現れ、そこから毎日が変化してゆく。
占い師
野球選手とつきあっていて、そこそこの贅沢をしたいけれど、野球の成績がよくなっていろんな女に群がられるのも困る。値踏みしたり、呪いをかけたりの女のかけひき。気さくな占い師との奇妙な友情。
コロナと潜水服
コロナが見える息子。予言もできる息子。テレワークの父親はコロナを恐れ、潜水服を着て息子と公園に行くが。やはりコロナに罹患することになってしまう。オチがなかなか洒脱。
パンダに乗って(超おすすめ❤️)
動物ではない。中古のフィアットパンダを買った男が、ナビの音声案内にいろんな場所に連れていかれる。
泣いた。せつない名作。
死者の世界と生者の世界はここでは地続きだ。
不思議なもので、自分もコロナ禍の中でそのあたりのバランスが崩れているような気がする。
死にたくないと言ってなくなった人の写真が真っ赤に怒っているようにみえたり。
人のカラダの中にあかりが灯っているように見えたり。
今だけだろうか? それとも、ずっとこんな風に見えるんだろうか?
入院中になくなった男性が入居する予定だった老人ホームの一室。
寒波で水道破裂した女性を緊急でその部屋にご案内した。
夕暮れの空に話しかけた。
「ごめんね、Kさん。せっかく帰ってみえるのを待ってたのに。でも、せっかくだから使わせてくださいね」
「いいよ。ぼくはもういないから、その部屋は困っている人に使ってあげて」
空がそう答えた。
そう。認知症で、短期記憶がなくて大変だったけれど、彼は最後までけして怒らず、こんな紳士的なところがあったんだよね。
わたしは今でもあの日のあの部屋のことを「Kさんの贈り物」と呼んでいる。
死者と生者は、コロナの世界で地続きになってつながっている。
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