「映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021」がくれるひみつ道具、それは“希望” 【シネマのレンガ路】
映画ドラえもん、と聞いて何が浮かびます
「のび太の恐竜」でしょうか? ザンダクロスが活躍する「のび太と鉄人兵団」でしょうか? それとも、星野源さんのヒット曲もヒットした「のび太の宝島」でしょうか?
「のび太の宇宙小戦争」が思い浮かんだ方もいるはず。
1980年にスタートし、毎作興行収入20億円以上を叩きだす国民的映画シリーズなので「映画ドラえもんといえばコレ」という作品があるはずです。
今回ご紹介するのは「映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021」。1985年に公開された「のび太の宇宙小戦争」のリメイク作品です。1985年版は、原作漫画共に「名作」として愛されています。
リメイクってめちゃ難しいと思うんです。うっかり手を出すとファンから袋叩きにあいます。元のままやっても「やる意味あるのか?」と言われちゃうし。うまくいくための教科書も、“ひみつ道具”もないのが「名作のリメイク」だと思います。
「映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021」はどうだったのか。
最初に結論めいたことを書くと、原作へ大きなリスペクトをもった、良いリメイクだと思います。親子映画として、これ以上のものはなかなかないはずです。
ネタバレありで書いていくので、気になる方はご覧になってからお読みください。ただ、原作ありのリメイクありなので、そんなに気にしなくてもいいかもしれません。
あと、この先「映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021」の表記は「宇宙小戦争2021」でいきますね。
20億を割らない、おばけシリーズ
本題に入る前に、上で少し触れた映画ドラえもんシリーズの興行収入について。前作「新恐竜」までの興行収入をまとめたのが下のグラフです。
過去40作がすべて興行収入20億円を割ったことのない、おばけシリーズなんですよ。ここ最近だと、2018年と19年が50億円を超える大ヒット。
2020年の「映画ドラえもん のび太の新恐竜」は、ドラえもん50周年記念作品と銘打たれ、2018年にシリーズ最大ヒットを記録した「映画ドラえもん のび太の宝島」の脚本・監督コンビで作られた作品でしたが、興行収入は思ったように伸びなかった印象です。
作品のデキは、圧倒的に「宝島」より「新恐竜」だと思っているのですが、むずかしいものです。
名作を元ネタに書かれた名作
というわけで「宇宙小戦争2021」なんですが、上で書いている通り原作ありで、かつリメイクの作品です。原作は、藤子・F・不二雄先生(以下、F先生)が1984年〜85年に書かれた「大長編ドラえもんシリーズ」の6作目「ドラえもん のび太の宇宙小戦争」(以下、大長編・宇宙小戦争)です。
あらすじは、こんな感じです。
タイトルから分かるとおり、1978年6月30日に日本公開されたスター・ウォーズシリーズの1作目「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」に大きく影響を受けています。
悪の将軍から逃げてきたパピは、レイア姫を思わせます。「大長編・宇宙小戦争」には、パピの愛犬ロコロコというキャラクターが登場しますが、「スター・ウォーズ」におけるC-3PO的な役割です。おしゃべりなところが共通しています。
実は、「大長編・宇宙小戦争」には更に元になるような短編が存在しています。1978年9月号の小学四年生に掲載された「スペース・ウォーズゲームセット」というエピソードです。「スペース・ウォーズゲームセット」は、てんとう虫コミックス19巻へ収録される際に「天井うらの宇宙戦争」へと改題されているので、今ではそちらの名前がおなじみかもしれません。
「天井うらの宇宙戦争」は、「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」の直接的なパロディです。アカンベーダーという悪役がジャイアン家の天井裏に潜んでおり、アーレ・オッカナ王女の頼みで、小さくなったのび太たちが戦いを挑むという流れ。R3-D3というロボットまで登場します。本家はもちろん、R2-D2。
注目したいのは、そのタイミング。「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」の日本公開から約1ヶ月後の掲載でした。歴史・科学・オカルト・カルチャーと好奇心を多岐に広げられていた、F先生ならではのスピード感です。
スター・ウォーズを元ネタに「小さくなる」というドラえもんならではの要素を付加し「天井うらの宇宙戦争」という短編が生まれ、それをさらに「大長編・宇宙小戦争」へと拡張させた。
小人との出会い、と捉えれば「ガリバー旅行記」も元ネタです。
F先生は、自分が触れた過去の膨大な作品を下敷きに創作をしていました。それは「大長編・宇宙小戦争」だけではありません。たとえば「ドラえもん のび太の恐竜」は、1966年に映画化もされた「野生のエルザ」が元ネタです。
稲田豊史著『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』によると、F先生はその創作手法を“いただき”と呼んでいたようです。
本の中では「古い素材を組み立てなおして、まったく装いも新たな新作を創りだす」というF先生のコメントが引用されています。
「いただき」による創作は、F先生だけでなく普遍的な創作論であるともいえます。僕も、過去の映画評で、引用やオマージュについて好んで紹介しています。
好きなんですよね。「いただき」を知るのが。創作の進化における樹形図が広がっていくのが。樹形図の一点に自分が立っているような気になるんです。見渡すと、前後左右にまた別の作品が連なっている。そこを行ったりきたりするのが、たまらない。途方もなく広大な世界が広がっていると思うとゾクゾクワクワクしてくるんです。この先には、何があるんだろうって。
そしてそれは、映画に限ったことではありません。
唐突に音楽の例をあげてみます。
2021年に大ヒットしたBTSの『Butter』。この曲のベースラインは、クイーンが1980年に発表した『地獄へ道連れ(原題:Another One Bites the Dust)』が元ネタです。で、クイーンの曲にもさらに元ネタがあります。1979年にシックが発表した『グッド・タイムス』です。続けて聞くと繋がりは明確で、とてもおもしろいです。
もちろん、クイーンもBTSも元ネタにしながらも、独自の曲へ昇華させているから素晴らしいんです。パクりなんて無粋な言葉はいりません。
エンタメ作品はお互いに影響を与えながら進化する。だから、おもしろい。調べる価値があると思うわけです。
いろいろ脱線しましたが、「大長編・宇宙小戦争」は過去の名作を元ネタにした冒険のワクワクと、冷戦末期の世界情勢を反映したシリアスさを併せ持つ名作として、長年愛されています。
そして、大長編の連載終了と同じ1985年にはアニメ「ドラえもん のび太の宇宙小戦争」(以下、宇宙小戦争)として劇場公開されました。
「宇宙小戦争」は、武田鉄矢さんが歌ったテーマソング『少年期』とセットで記憶されている方も多いのではないでしょうか。
ピリカ星のレジスタンスが歌うシーンで流れ、今見るとなんともいえない郷愁を感じてしまいます。
原作、最初の映画版共に名作として記憶されている「宇宙小戦争」が35年以上経った今、どのように再映画化されたのか。
ここからは「宇宙小戦争2021」に軸足をおいて考えていきたいと思います
リメイクではなく再映画化として挑んだスタッフたち
「宇宙小戦争2021」の監督は、山口晋さん。
1967年生まれ。大長編ドラえもんの連載と映画化をリアルタイムで追いかけてきた世代とのこと。作画畑出身で、「死ぬまでに1回は映画ドラえもんに関わりたい」と決意し、ドラえもんのテレビシリーズ演出に立候補。テレビシリーズ、テレビスペシャル、映画の演出と実績を積み上げます。そして、「宇宙小戦争2021」で念願の映画ドラえもん初監督となりました。
「大長編・宇宙小戦争」の再映画化を希望したのは、山口監督だったようです。
脚本は、佐藤大さん。
作詞家、ゲームの宣伝広告、音楽活動など幅広いジャンルで活躍した後、1997年にアニメ脚本家としてデビュー。2005年の「交響詩篇エウレカセブン」ではシリーズ構成を担当されています。「シリーズ構成」とは複数の脚本家をまとめる「脚本監督」のような役割みたいですね。
2017年から「ドラえもん」テレビシリーズの脚本を担当。その後、今回の映画準備のためにテレビシリーズからは離れたようですが、テレビシリーズの脚本を手がけたことが「宇宙小戦争2021」の脚本づくりに役にたったとポッドキャストの番組で語っています。
監督、脚本共にドラえもんのテレビシリーズから関わってきた2人。それはつまり「原作の良さ、そしてそれを脚色する難しさ」を知っている2人であるということです。
直近3作の脚本は、テレビシリーズのドラえもんに関わっていない方が書かれました。だから、それぞれの視点・解釈でオリジナリティの高い作品ができたと思います。
今回は名作と名高い原作と映画がある。そのままやっても意味がないし、変えたり足したりしすぎると「改悪」なんて言われてしまう。「宇宙小戦争2021」は、その塩梅がちょうどいいんです。テレビシリーズの経験をもつ2人だからこそできた脚色です。
具体的にいうと「原作で語られることを捉え、膨らませている」。
佐藤さんは前述のポッドキャストで「85年版のリメイクではなく、同じ原作をもつ別の映画作品を目指した」と語っていますが、その通りの作品になっていると思います。
F先生の原作は、少ないページ数と最小限の表現で豊かな物語世界になっています。「行間」がたっぷりとられている。「宇宙小戦争」も、原作に忠実ですから行間もほぼそのままです。その分、今見ると飲み込みづらいところもあるんですよね。
「宇宙小戦争2021」は、飲み込みづらさをなくし、よりキャラクターと物語を好きになれるように脚色してあります。
最大の脚色は、パピとのび太たちの関係性。「宇宙小戦争」だと、パピは序盤でピシアに連行されます。早々に離れ離れになるのでそこまで深く関われていなかったんです。
「宇宙小戦争2021」では、パピとのび太たちは一緒にピリカ星に向かうので、エピソードも増えていました。全員での食事シーンが足されているのが、また良いんですよ。食事はキャラクターの個性が出るし、関係が深まるのがよく伝わってきます。パピが大統領でありつつ、10歳の少年であることが際立つのが、この食事シーンでした。
ギルモアを独裁者だと言い放つ演説シーンも変更。原作では裁判所という閉じた空間でしたが、「宇宙小戦争2021」ではテレビ中継もされている戴冠式という設定でした。パピの言葉が、ピリカ星の人たちの蜂起を促すという流れになっていました。
小さい子どもが「独裁者ってなに?」と尋ねるシーンは、胸にきましたね。
国民が蜂起してギルモアを追い詰める場面は原作にもありますが、最後の数コマだけ。それを膨らませ、パピと国民の絆を描くことにも成功している。見事な脚色だと思います。
キャラクターでいえば、なんといってもスネ夫です。
もう今回は「スネ夫の宇宙小戦争2021」でも良いくらいです。そのくらいスネ夫が大好きになりました。もともと「宇宙小戦争」は他の大長編と比べてスネ夫の役割が大きかったのですが、そこも膨らませてくれています。
悩むスネ夫、駄々をこねるスネ夫、笑うスネ夫、スカしたスネ夫、すべてのスネ夫が愛おしい。これはぜひ、劇場で見てほしいですね。しずかちゃんが靴を置いていくところとか、「あれ、俺は今エヴァンゲリオン見てるんだっけ?」と思いましたよ。スネちゃだめだ、スネちゃだめだ、スネちゃだめだ……。
スネ夫といえば、物語そのものが「スネ夫が監督するSF映画づくり」からスタートします。映画、特に特撮映画づくりのたのしさが詰まったオープニング、とても好きです。冒頭に出てくるセット、あれは実際に作ったジオラマをアニメと合成したそうです。クライマックスのカラフルなピリカ星の建物もジオラマだそうです。
オープニングでスタッフ名が縦書きが出てくるのは、昭和特撮映画へのオマージュでしょうね。ニヤリとさせてくれます。85年版のオープニングは、名作映画の世界にドラえもんたちが紛れ込んでいる形式になっているので、見比べてみるのも面白いですよ。
「スター・ウォーズ」つながりでいうと、「宇宙小戦争2021」でピシア本部に潜入する場面はデス・スター潜入シーンのオマージュでしたね。細かいですが、こういうところもニクいです。
原作からのキャラクターの膨らませについて書いてきましたが、実は今回いちばん好きなのはピシアの長官・ドラコルルなんですよね。
ギルモア将軍の側近として、パピやのび太たちを追いつめる実行部隊の指揮官。将軍の立場も客観的に分析でき、ラストでは部下たちへの心配も見せる。上官によって悪にもなるけど、譲れない自分だけのラインを持っている感じがするんです。原作よりグッと深みが出ていました。
キャストの諏訪部順一さんがまた良いんですよ。腹の底が見えなくて、そこから声が出ている感じがなんとも不気味。ゲスト声優さんたちも良かったですが、本職の声優さんのキャラクターに命を吹き込む力はさすがだなあと思いながら見ていましたね。
現代のアニメらしい宇宙の戦闘シーンは、アニメ表現の進化を感じられて見応えがありました。85年版は「機動戦士ガンダム」に代表される当時のロボットアニメらしさがあっていいんですけど、さすがに今見ると少しチープ。それを現代的にアップデートできていたと思います。
4作連続で音楽を担当した服部隆之さんの劇伴も物語をきっちり盛り上げていました。モチーフや世界観が違う4作で、違いを出しつつ物語にも寄り添うって職人芸ですよね。
監督と脚本家が作り上げた、原作にリスペクトを持ちつつ脚色された物語。そして、それぞれのプロフェッショナルが力を発揮して完成させたのが「宇宙小戦争2021」なんです。
1985年に書かれた原作の2022年版の映画として、見事な出来です。
“希望”という名のひみつ道具
独裁者による圧政が描かれた「宇宙小戦争2021」。その公開と時を同じくして、ロシアのウクライナ侵攻が起こりました。2つを結びつけたレビューも見受けられて、その気持ちはよくわかります。パピのペンダントがウクライナ国旗の配色と似ているという偶然も、それに拍車をかけています。
ただ、そこに飛びつくのは違うかなあと思ってしまいます。そもそも、ドラえもんはどこまでも「子どものためのもの」であるべきで。大人が世界情勢を絡めて語りすぎるべきじゃない。
映画ドラえもんが共通して伝えてくるのは「他人を想いやる心」です。それは、相手が恐竜だろうと宇宙人だろうと変わらない。
「私からすれば、あなた方が大きすぎるのです」と、初めて会った時にパピは言います。そして、のび太たちと心を通わせるようになるのは、みんなが小さくなってから。文字通り、相手の目線に立ってからなんですよね。
親としては、その根っこのメッセージを子どもに感じとってほしいと思うんです。そして、僕自身も「子どもの目線になる」ことを忘れちゃいけないなと思わされました。
とはいえ、ドラえもんを見たからってすぐに何かが変わるわけではないし、それでいいはずです。なにしろ、のび太たちがそうなんですから。
映画で「友達は見捨てない!」と言ったジャイアンも、次の週にはばっちりいじわるしてますから。パピたちを助けるために勇敢に乗り込んだのび太だって、しっかり情けなくドラえもんにすがっていますから。
自分も、子どもも、変わらないかもしれないし、時間はかかるかもしれない。それでも、ふとした瞬間に「宇宙小戦争2021」のセリフや場面を思い出して、勇気が湧いてくるかもしれないじゃないですか。
それで充分です。
映画を一緒に見た時間で、“希望”というひみつ道具は受け取っているはずですから。
たくさんの親子に子どもに「宇宙小戦争2021」を見てほしい。誰かを想い、自分にできることを精一杯やってほしい。それがきっと、未来に少しでも“希望”を増やすことになると信じています。
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直近の過去2作、2019年の「映画ドラえもん のび太の月面探査記」、2020年の「映画ドラえもん のび太の新恐竜」も映画評を書きました。興味のある方は、ぜひ読んでくださいね。
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