起業について東大で講義してみた(後編)

先日、母校の経済学部経営学科のとあるゼミで起業について講義する機会がありました。僕自身は法学部だったし、学生時代はほとんどキャンパスに行かず自転車競技部の練習ばかりしていたため決して優秀な学生ではなかったので、まさか学生に講義する日が来るとは夢にも思っていませんでしたが、ゼミの先生(経済学部の准教授)とご縁をいただいたことがきっかけで今回お話をさせていただくこととなりました。

前編では、「1.起業とは実験である」ということで起業の際に考えるべき分野について4つに分けて考察しました。

後編では、以下の2つのテーマについてお話ししていきたいと思います。
前編からの繰り返しになりますが、この講義をした理由は「そもそもビジネスは楽しいもの」ということを伝えたかったからです。当然起業にはリスクもつきものなのですが、そのリスクを踏まえても、起業したいと思っているなら起業してみるのがよいと私は考えています。本記事ではなぜそのように言えるのかをキャリアという観点からも考えていきたいと思っています。

2.起業のメリット・デメリット

「起業したいけど何からやればいいかわからない」
「起業って難しそうで自分にできるかどうかわからない」

このような相談をよく受けます。確かに起業は難しいイメージがあるし、勉強しようとして起業に関する書籍を読んでも専門用語や考えるべきとされている項目が多すぎて逆にハードルが上がってしまいがち。起業しない方がいい理由も以下の通りたくさんあると思います。

これ改めて読み返すと起業したくなくなりますが(笑)。。。

 要するに、(1)責任が全て自分、(2)精神的なキツさ、(3)正解がない辛さという3点が起業の辛いところです。逆に言うと「何事も自分で決断したい」「自分で自分を管理することができる」「体育会でキツさへの耐性が高い」「研究で実験を重ねる過程が好きだった」というような方は、起業の辛い部分に対する耐性が高いと思われます。

とはいえ、私は上記のデメリットを上回る起業のメリットがあると確信しています。

⑴全て自分で選択できる

起業すると良くも悪くも全て自分で選択・決断できます。

どんな人と働くか、何の事業をするのか、どのぐらいの売上を目指すのか、どのぐらいの自分の収入を目指すのか、どんな人や会社をお客さんにしたいのか、お客さんにどうなって欲しいのか。

これらを全て決めることができます。自分の人生観や価値観に沿った仕事をすることができ、毎日の充実感は他では得難いものがあります。

⑵ビジネススキルの向上スピードが桁違い

ビジネススキルの向上スピードは起業するとかなり早くなります。

ビジネスの全分野(商品開発・セールス・マーケティング・カスタマーサクセス・会計・税務・人事・法務・コンプライアンス等々)に触れることが必要になるので、分野を問わずスキルを身につけることができます。何かの専門家というわけではありませんが、ビジネス全体の構成がどうなっているのかという全体感を掴むという感覚です。

全て自分でこなせるわけではないため、各分野の専門家を頼ることがほとんどになりますが、その場合もその分野の勉強をして最低限の知識を持っておくことが大切です。どのぐらいのスキルを持つ人にどのような依頼をいくらぐらいですれば良いのかを判断することが経営には必要なので、判断基準としての知識を身につけるというイメージです。

さらに、自分でできることも将来的に自分でやっていてよいわけではありません。組織を拡大し売上を大きくしていこうと考えるならば、誰かにやってもらう、という考え方にシフトしなければなりません。その際、自分がやってきたことを文書や図を用いてマニュアル化し、新たに採用した人にやってみてもらい、できているかどうかを確認して必要あれば改善するという一連の流れが必要になります。年齢に関わらず、プレーヤーとしてだけではなく、マネジメントとしての動きが身に付くというのも起業の大きなメリットです。

⑶無形資産(ブランド・のれん)が積み上がる

会計的な話になりますが、日々の活動が資産価値として蓄積されるということも起業の大きなメリットです。ビジネスとして価値があれば、ビジネスあるいは会社自体に価値がつく(企業価値)ので、それ自体を売却するということも可能です。いつも売却する前提でビジネスをするとは限りませんが、少なくとも自分の努力が年収に反映されるだけではなく、加えて自分のビジネスあるいは会社の価値に積み上がっていっているという感覚で仕事に取り組めることは非常に充実感があります。

(尚、ここではエクイティ・ファイナンスをしない前提で話をしています。エクイティ・ファイナンスをする場合には投資家との関係で企業価値を最大化しEXITすることが必須になるので、上記に加えステークホルダー目線を入れて考える必要がありますが、ここでは割愛します。)

3.これからの時代のキャリアにおける起業の意義

上記のようなメリットがある上で、さらにこれからの時代は起業経験が大きな価値を持つようになると考えています。起業して成功するのがもちろん一番良いのですが、万が一起業して思うようにいかなかった場合にも、そこで培った経験の価値がものすごく大きい時代なのではないかと思います。そこには二つの要因があります。

⑴ビジネス環境要因

「ビジネス環境の変化のスピードが加速している」

こんなことを一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?直近ではコロナウイルスのパンデミックで一気にビジネスのオンライン化が進んだことは周知の事実ですが、このような変化のスピードは、テクノロジーの進化に後押しされてますます加速してきています。

例えばAppleの時価総額は、1兆ドルになるまでに40年かかっていますが、そこから3兆ドルになるまではわずか3年しかかかっていません。一方で一つのビジネスの寿命は短命になっており、世の中の流れに乗り遅れると世界中で名の知れている大企業でも倒産してしまう時代です。少し前の話題ではありますが、米ファストファッションチェーン「フォーエバー21(FOREVER 21)」もZ世代の消費動向を読み間違えたことをきっかけに経営難に陥り、2019年に破産申請をするに至りました。

このような状況において、日本国内の大企業においても新規事業を立ち上げる動きが増えていますし、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル:事業会社が自己資金でファンドを組成し、主に未上場のベンチャー企業に出資を行う)の形式で自社の事業内容と関連性のあるベンチャー企業に投資し、本業との相乗効果を狙う、といったことも一般的になってきました。

このように、変化の早いビジネス環境の中で、新規事業をスピード感をもって立ち上げる、ということが求められるようになっています。

⑵人材要因

「メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ」

最近の働き方の変化はこのように言い表されています。従来「メンバーシップ型」の採用が一般的だった日本では、新卒一括採用で総合的なスキルを身につけながら新卒で入社した企業の経営層に昇進していくというキャリアが通常でした。しかし、「ジョブ型雇用」では考え方が大きく変わります。仕事の範囲を明確にし、より専門性の高い人材を採用するという考え方です。直近では、「日立製作所、全社員ジョブ型に 社外にも必要スキル公表」という報道もあり話題となりました。

このような流れの中で、「新規事業を立ち上げる専門性の高い人材」が今後求められることは間違いないでしょう。そして今のところ、「このようなスキルを持つ人材は希少で企業側も採用が難しい」(人材系の会社の友人談)のだそうです。

このように考えると、起業する、つまり経営資源が十分に整っていないという環境下で新規事業を行い大小に関わらず実績を残す、また、新規事業立ち上げのスキルを身につけるということはその後のキャリアにおいて大きなプラスになると考えられます。

以上のように、リスクばかりが目に付く「起業」ですが、実はメリットがすごく大きいというのが私の考えです。起業してみたいけど迷っている、という方が、副業ベースでの起業からでも一歩踏み出すきっかけとなれば幸いです。

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