#3 孤独の克服歴史
エーリッヒ・フロム著の「愛するということ」を絵で描いてみた・#2「人の愛について」の続きです。2章はボリューム感があったため、いくつかに分割して更新しています。
「いかに人間が孤独を克服しようと試みたか」
前回の#2「人の愛について」では、「エジプトの農民も、フェニキアの商人も、ローマの兵士も現代の事務員や行員も直面する問題はみな同じだ。なぜなら、人間の置かれている状況、人間が生きるための諸条件が一緒だからだ。」とフロムは言っていた。
孤立感から逃れる方法
- 方法1.祝祭的興奮状態(お祭りの乱痴気騒ぎ)
ライブなど、熱狂的なものも当てはまりそうですね。
- 方法2.集団同調
これは、人間が孤立感を克服する上で、最も頻繁に選んできた合一の形態だ。
- 違いを無くしていこうとする傾向・背景
「違いをどんどん無くしていこう」というこの傾向は、先進工業国で発達しているような、平等の概念やその経験と密接な関係がある、とフロムは言う。
このように型にはまった活動の網に捕らわれた人間が、自分が人間であること、唯一無二の個人であること、たった一度だけ生きるチャンスをあたえられたということ、希望もあれば失望もあり、悲しみや恐れ、愛への憧れや、無と孤立の恐怖もあること、を忘れずにいられるだろうか。
- 方法3.創作的活動
孤立を克服するために人間がよくとる行動・まとめ
孤立感から逃れるための、完全な答えは「愛」である
愛を語る上で「愛」を定義する必要がある
大事なのは、「愛」と言ったとき、どういった種類の結合のことを言っているのかを、私たちが了解していることだ。「愛」と言ったときに、実存の問題にたいする成熟した答えとしての愛のことを指しているのか、それとも共棲的結合とでも呼びうるような未成熟な形の愛のことを言っているのか。以下の記述においては、前者だけを愛と呼ぶつもりだが、まず後者から「愛」に関する議論をはじめよう。
今回は「人類がどのように孤独感を克服しようとしてきたのか」についてまとめました。次回は、フロムが指す「愛」の定義をまとめて見たいと思います。
次のnote:#4「愛の定義」
索引
(まとめ)『愛するということ』を絵で描いてみた
第一章 『愛は技術か』
#1「愛は技術か」
第二章 『愛の理論』
#2「人の愛について」
#3「孤独の克服歴史」(現在のnote)
#4「愛の定義」
#5「愛の成熟プロセス」
#6「愛する力と対象について」
第三章 『愛と現代西洋社会におけるその崩壊』
#7「愛と現代西洋社会におけるその崩壊」
第四章 『愛の修練』
#8「愛の修練」
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