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『データエコノミー入門』 激変するマネー、銀行、企業 :全文公開 第5章の4

『データエコノミー入門 』激変するマネー、銀行、企業(PHP新書)が10月15日に刊行されました。
これは、第5章の4全文公開です。

4 経理自動化とデータドリブン経営

記帳の自動化が可能になった
 オープンバンキングが実現するサービスの第二は、自動記帳だ。
 零細企業や個人企業では、銀行のATMで預金通帳に記帳し、そのデータを見ながら手作業で経理作業をしている場合が多い。しかし、金融機関とAPIで連携している会計ソフトを用いれば、こうした作業を、自動化できる。複数の銀行口座を持っている場合にも、口座情報を一元的に管理できる。AIで自動的に仕分けをする機能もある。
 とくに重要なのが、入金や支払いの「消込」の自動化だ。「消込」とは、実際の入出金情報と照らし合わせて、売掛金などの債権、買掛金などの債務の残高を消していくことを指す。入金と照らし合わせながら債権を消す作業を「入金消込」、支払いと照らし合わせながら債務を消す作業を「支払い消込」という。
 インターネットバンキングを利用していれば、口座情報をダウンロードすることによって入出金内容を確認できる。しかし、入金消込のためには、入金情報と債権情報を目視で見比べて、金額と振込名義が一致した時に、それらを手作業で処理することが必要になる。これは面倒な作業だ。
 これらの作業が正確に行なわれていないと、得意先からの入金が完了しているにもかかわらず催促の連絡をしてしまったり、未払いが継続して回収不能となったりする。このような作業も、銀行APIの利用で自動化できる。

経費精算も自動化される
 多くの企業では、経費の精算処理のために、領収書を添付して月末までに経理へ提出する。支払ってすぐに経費精算の処理ができればよいのだが、後回しになりがちだ。その結果、月末に大量の領収書が溜まってしまう。経理部門では、月末に大量の作業が集中する。このため、間違いが起こりやすい。
 銀行APIの利用で、これを自動化することができる。ある企業では、全役員が交通費や交際費、備品購入などの決済にVisaカードを活用していた。これまではカードの利用者もしくはアシスタントが月末にまとめて処理していた。
 これを自動化するために、最初は、カードで決済した時にその都度送付される利用明細メールを活用する方法を検討した。しかし、メール文面から必要な情報を抽出するのが簡単ではなかった。
 そこで、メールではなく、API接続サービスを活用することとした。取り込まれるカードの決済日や決済金額などの取引の詳細情報を基に、経費精算の承認システムに自動で起票することが可能になったという。

人材派遣会社の給与支払いが簡単に
 ある人材派遣会社では、毎月数千人の派遣スタッフが稼働している。週払いや日払いにも対応しているため、毎月1万回を超える給与振込が発生する。これまでは、派遣スタッフがタイムシートをFAXで会社に送り、それを受け取った支払い担当者がインターネットバンキングにログインし、該当する個人の振込先口座を指定して、支払金額を手作業で入力していた。これには、大変な労力がかかっていた。
 これを、銀行システムと連携させることによって、申請の受理から振込までの作業を、完全に自動化した。派遣スタッフが自分のPCやスマートフォンから振込申請を行なうと、入力したとおりの金額が自動で振り込みされる。
 また、営業日に関係なく給与を受け取れるようになった。急に現金が必要になった時、深夜でもスマートフォンから支払い手続きをすれば、翌日に引き出すことができる。もし、途中に一つでも人の手を介する作業があれば、会社の営業時間外には対応することができない。振込作業を100%自動化したために、こうしたことが可能になった。
 確かに、以上のような自動化は、重要なことだ。だが、銀行APIの利用は、これらに留まらない。もう一つの重要な利用は、データドリブン経営を可能とすることだ。

データドリブン:データを経営哲学より上位に置く
 記帳は、税務申告等のためにやむを得ず行なうと考えられていることが多い。記帳が「必要」なことは事実だが、それだけではない。帳簿の情報は、その企業についての貴重な情報を与えるのだ。その情報を企業経営にフィードバックするという観点が重要だ。
 これまでは、帳簿ができるのに時間がかかってしまうので、この目的に利用しにくかった。記帳作業を自動化してリアルタイムで企業の状況が分かるようになれば、それを経営判断に用いることができるようになる。これは、「データドリブン経営」と呼ばれるものだ。
 企業経営にデータが必要なことはいうまでもないが、「データドリブン経営」はもっと積極的な内容を含んでいる。
 つまり、得られたデータのいかんによっては、経営の基本方針まで変えることを意味するのだ。これは、企業経営に関するこれまでの通念に大きな変更を迫るものだ。
 日本の企業では、これまで「経営者の経営哲学が重要」としばしば言われた。とくに、オーナー企業(創業者やその一族が経営している企業)の場合はその傾向が強い。
 経営哲学がうまく機能すればよい。しかし、一度は成功しても、その後に時代が変わり、それまでの哲学が通用しなくなることがしばしば生じる。そうした場合、経営哲学は、企業の経営を誤らせる根本原因になる。データドリブン経営では、データを哲学より上位に置くことによって、こうした事態を避けることができる。

企業の状況についてリアルタイムの情報を得る
 ところで、データドリブン経営を行なうためには、企業の状況についてのデータが必要だ。ところが実際には、データが得られるまでにかなり長い時間がかかる場合が多い。大企業であっても、経費についての詳しい情報が集まるまでには、一月程度かかるだろう。
 ましてや、中小零細企業の場合には、年に一度の決算の後でないと企業の状況が定量的なデータでは分からないといったことがあり得る。
 ところが、銀行APIによって銀行の取引データが分かれば、企業の状況はかなり正確に分かる。こうして得られるデータをあらかじめ用意されたプログラムで処理すれば、企業の状況をリアルタイムで把握することが可能になるだろう。
 ルーチン的な決定であれば、このようなデータを反映して自動的に経営方針を変えることもできる。そのような企業は、DAO(分散自律型組織)と呼ばれるものだ。それに向かっての道が開けるかもしれない(DAOについては、第6章の4を参照)。
 重要な点は、大企業だけがこうしたことをできるのではなく、中小零細企業でも個人企業でも、安いコストで可能になることだ。これは、経済活動の効率性と生産性の引き上げに、大きく寄与するだろう。
 オープンバンキングで可能になることの事例としてあげられていることを見ると、「新婚夫婦が生活をするための保険や住宅ローンについてのアドバイスを与える」というようなことが書いてある。しかし、このようなことは一生に一度しかない。それに、このサービスに対して高額の対価を継続的に払うとは思えない。だから、オープンバンキングにおける主要なサービスになるとは思えない。オープンバンキングが提供するサービスで重要なものは、企業の経営に関するものだろう。とくに中小企業を相手にするものだ。
 現在は、経済全体の状況についても、多くの統計が示されるのは数か月遅れだ。つまり、我々は、現在の状況がどうなっているかを必ずしも正確に把握していない。コロナ禍のように状況が短期間のうちに大きく変わる場合には、これによって生じるタイムラグが大きな問題になる。
 現在、「オルタナティブデータ」によってリアルタイムの状況を知る努力がなされているが、マネーのデータは、リアルタイム情報としては最も強力なものであり、経済の現状把握のために大きな役割を果たすだろう。

日本におけるオープンバンキングへの模索
 以上は、いずれも銀行が持っているデータの活用だ。これまで、銀行はそうしたデータをただ維持するだけで、それが収益を生むことはなかった。
 前記のようなサービスが手頃な価格で提供できるようになれば、銀行にとっても、システム開発企業にとっても、そして利用者にとっても、望ましい状況がもたらされるだろう。
「オープンバンキング」の可能性は大きい。日本でも、すでにメガバンクや一部の金融機関が取り組んでいる。また、地方銀行も取り組み始めている。
 日本銀行が開催したワークショップでは、様々な興味深い実験事例が紹介されている(「ITを活用した金融の高度化に関するワークショップ(第3期)」第6回「オープンAPI」2018年6月13日)。
 例えば、スポーツ試合中の購買におけるキャッシュレスの実証実験で、銀行APIと連携することによって、いままでリアルタイムで把握できなかった観客の行動履歴、購買情報、商品売れ筋などの詳細なデータが本人許諾のもとで取得できるようになったという。
 また、オンラインのデータを用いて、中小事業者向けの融資ビジネスを行なう試みもある。API経由で提供される入出金のデータを用いて判断できるアルゴリズムを開発し、融資をするものだ。これは、API開放がなければできなかったサービスだ。
 こうした努力を通じて、従来の考え方では想像できないようなイノベーションにつながっていくことが期待される。オープンバンキングは、日本の銀行が閉塞状態から抜け出すきっかけとなる可能性を秘めている。この問題については、第7章で再び論じることとする。





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