レトロ・ロマン・モダン、乙女のくらし展 予習メモ
この記事は大阪くらしの今昔館で開催中の特別展「レトロ・ロマン・モダン、乙女のくらし」に行くために見ておいたらいい動画とかまとめてます。
素人が関連情報を探してまとめただけの記事です。
なので、間違いが多いことが予想されますし、動画の説明や概要も適当だし、途中で力尽きて動画の感想書いてないとこもあります。
そもそも、著者は別に大正ロマンやモダンガールや日本美術に精通してるわけではないです。
特別展解説
とりあえず特別展全体の解説
コレクターの方が解説していて何があるかわかりやすいですー
こちらの記事は、この動画を参考にして作らせていただきました。
こちらはレポート漫画、わかりやすいですー
関連人物
竹久夢二
ザ・大正ロマン!という感じの絵師
私が知る限りでは、目がぱっちり大きく描かれるようになったのは竹久夢二から
日本美術を勉強してる人なら恒例の掛軸塾の塾長による解説
夢二のややこしい女性遍歴を中心とした生涯の解説と、絵の特徴の解説
晩年が、世界恐慌の中で渡米して絵が売れず、渡欧した後もナチスの政策や結核で帰国して亡くなったりと、報われなくて悲しい
こちらは絵画の方に特化した夢二の解説動画
中原淳一
これは昭和の少女漫画にありそうな絵でオシャレでカワイイ!
少女ウケするに決まってますねー
中原淳一は、良いYouTubeがなかったです(。>_<。)
私は録画してた歴史秘話ヒストリアで見ましたが、オンデマンドにもないですね…
戦前~戦後にかけて活躍した少女漫画の元祖といわれる人
竹久夢二の影響を受けてきらきらぱっちりお目々が特徴
子供の頃、人形遊びが過ぎで、教会にお世話になっていた影響で洋服にも詳しくなり、自分で人形の洋服を作って着せていた
おかげで女性のファッションに対するセンスがものすごくて、当時の少女誌では絵だけでなくファッションコーナーも連載していた
リアルでも女性たちに安くでできるファッションを教えるイベントをしたりしていた
戦時中は出版統制の圧力でモンペを着た女性を描かされていた
戦後は目の描き方が少し変わって、立ち上がる強さをこめた感じ
過労で倒れて療養生活を送りながら、晩年は男性の人形を作っていた
特別展が最近まで開催されてました。
関西か、せめて名古屋に来ないかなぁ…来たら行きたいなぁ…
スーパードルフィーとのコラボもしていたそうですー
かわいいですねー!
蕗谷虹児(ふきやこうじ)
レコードのジャケットのデザインで活躍した人
竹久夢二や中原淳一の方が有名ですが、蕗谷虹児は晩年もいい感じで活躍してたみたいですねー
山名文夫
資生堂のデザイナーとして有名な人
特別展のサイトでは山名文夫の代表的な絵が色々みれますー
杉浦非水
三越で有名なデザイナーで、特別展では煙草の箱をデザイン
中将姫
出家して、奈良の當麻寺で薬作りをしてた姫
薬作りを教わった一族が作ったのがツムラだったことから、中将湯が作られる
中将姫は當麻曼荼羅でも有名
時代背景など
浮世絵
明治初期は浮世絵の絵柄でした
というわけで、そもそも浮世絵の顔がみんな同じ理由の解説
当時のキレイな顔のステレオタイプで描いてて、描き分けが必要なかった感じ
今の漫画絵も髪型や服で判断する感じなので、美の基準が変わっただけで本質的には同じ
アール・ヌーヴォーとアール・デコ
アーツ&クラフト→産業革命が起きたけど、粗悪品だらけで、職人が作ったいいのを作ろうぜ的な運動
アール・ヌーボー→アーツ&クラフトはイギリスではだめだったけど、フランスでバズる、なんか植物的なデザインだけど作るの大変で高い
アール・デコ→直線的なデザインで安くなって受けが良くなる
大正時代のファッション
モダンガールとモダンボーイの解説
ハイカラ→高い襟(カラー) という意味
バンカラ→学ラン+マント+下駄
マントは今でいうコートやポンチョの扱いだったそうな
男性はステッキを持つのが紳士の嗜み
帽子は上流階級のオシャレ
セーラー服は大正時代から
昔の化粧品は今ほど色が多くないのでアイシャドウはグラデーションにしなかった(そりゃそーですね)
アイシャドウは今はブラウンが流行りだけど、赤とかはっきりした色が多かった