くずしすぎる話、ほどけすぎる話

自分に腹を立てること。私はよくある。
夏の終わりを知らせる台風が近づいていた、その日もそうだった。

その日。とにかく財布の中のお札をくずしたかった。
財布には一万円札と五千円札といくらかの小銭。
夕方の娘のピアノのレッスン。
時間までに月謝の四千円(千円札4枚)を捻出せねばならなかった。

WHY?なぜ前もって千円札を用意しないんだろう。
毎月、時間が迫ってからその問いかけが体を駆け巡るが、仕方ない。
私はいつだってギリギリガール。先延ばしの達人なのだ。

バタバタ仕事を終え学童に娘を迎えると、レッスン開始時間ギリギリになった。
先に娘を教室に送り届け、迎えの時に月謝袋をお渡しすることに。
30分間のレッスン中。
私に課せられたミッションは、少額の買い物をし五千円札もしくは一万円札をくずすこと。

ドラッグストアにて、台風に備え非常食を購入することに。
【必要なものを購入する】×【お札がくずれる】=【一石二鳥】
断じて無駄使いではない、という謎の自己暗示を唱えながら。

店内を足早に巡り、ドーナツやインスタント味噌汁をカゴに入れレジへ。
おっと、うっかり1600円分?
ここで、1万円札を出した。すると、おつりは8400円。
そう、五千円札1枚と千円札3枚。ミッション失敗。
私には野口英世氏がもう1人必要なんですよ。
台風が近づいているからといって、調子に乗って千円を超える買い物をしてはいけなかったのだ。
いったん車に戻り、深呼吸。
なんのなんの。もう一度、トライだ。(一体なんのトライ)
今度は五千円札を崩すべく、お手軽マカロニグラタンの素(180円。いつもお世話になっています。)を手に取ってレジへ。
ここで、五千円札を使えば、おつりが4820円になるはずで、念願の野口氏が間に合う。

スタスタ。ピ。
あ、さっきの方ですね。というレジのお兄さんの視線を感じる。
そうです。さっきのおばさんです。
小走りで買い忘れを演出しながら、お札を崩しにきましたよ。
アカデミー助演女優賞ノミネートくらいの完璧なさりげなさで、わたしがレジで差し出したのは千円札。

あ。と声が出たが時すでに遅し。くずれゆく貴重な野口氏。

グラタンのもとをひしと抱きしめて再び運転席へ。
もう一回レジに並ぶには時間も勇気も足りない。
猛然と小銭をかき集め、千円札2枚と、500円玉2枚と、100円玉10枚で、月謝を完成させる。

ここで両手のひらを天に向け、渾身のWHY?ポーズ。
まったく、何をやってんだか。
月謝が小銭では忍びないと思いながら、結局は小銭で重たい月謝袋に。
こういう綱渡りをほぼ毎月やっているのだから、呆れてものが言えない。

くずしすぎる話だけではない。私にはほどけすぎる話というのもある。

とにかくよく、スニーカーの紐がほどける。
急いでいる時ほど、ほどけることが多い。
愛用しているのはニューバランスの300番台の何の変哲もないスニーカー。
ちょっと紐がふわっとしている気がするけど、ギュッと結び直しても面白いくらいにほどける。
1日に3回くらい結び直すときは迷わず先述のWHY?ポーズである。

ちなみに私は何も考えずに結ぶとチョウチョ結びが縦結びになってしまうタイプの人間である。
よく考えてああでもないこうでもないと言いながら結べば、3回に1回くらいはチョウチョになる。
縦結びで人生の大半を過ごしてきた猫村さんタイプ(ほしよりこさんの『きょうの猫村さん』の猫村さんのエプロン参照)。
娘にチョウチョ結びをうまく説明できなくて、雰囲気で誤魔化したら、義母が後日ちゃんと教えてくれていた。
あっという間に習得した娘は、チョウチョ結びをマスターした人間として私よりもはるか上をいっている。

くずしすぎる時、ほどけすぎる時、人は自分に腹を立てそうになるだろう。
そんな時は、両手のひらを天に向け、軽く押し上げるに限る。
答えは自分の中にしかないのだけど。

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