【1】2014年待望の長男誕生~乳児期
ちょっと私の子ども時代の話になりますが、、、
物心ついた時から両親の仲は良いとは言えず夜中に喧嘩してる声を聞くのはしょっちゅう。
私も姉妹と喧嘩ばかり。三姉妹ですが「ふざけんな!」「てめぇ殺すぞ!」「死ね!」「触んじゃねぇよ!」なんて言葉が当たり前に飛び交っていました。(さすがに幼児期はそうじゃなかったと思いますが…)
早くこんな家から出て行きたい。
16歳になったら家を出て、早く結婚して、子どもを産んで、私は家族仲良しの幸せな家庭を作るんだ…!!自分の子どもには絶対私みたいな思いはさせないぞ!!
そんなことをずっと、強く思っている子ども時代でした。
実際には結婚したのは26歳でしたが長男を妊娠した時にはそれはそれは嬉しくて。
やっっと!!
やっと私の幸せな家庭が作れる!!
どんな子どもが産まれたって、絶対幸せにするー!!と思いました。
妊娠中から気合い充分。
マタニティーフェス(だったかな?)というイベントに行き、助産師さんのブースでトコちゃんベルトや骨盤ケアのことを教えてもらい、しっかり活用。おすすめされた本を読み、本に載ってる体操も怠らず。
ちなみその本はこちら。
第一子から第四子の妊娠~お産までこの本ずっと活用していました。そのおかげか、四人みんなお産の時間も短めで安産でした。
8ヶ月までは駅の小さいコンビニでバイトしてたので、行き帰りせっせと歩き。
バイトを辞めてからも早朝しっかりウォーキング。
助産師さんが開催しているパパママ教室にも参加したり、自分的にはかなり気を遣って真面目に妊婦の期間を過ごしました。
そして、出産当日。
散歩がてらTSUTAYAでも行ってDVD借りてこようと、夫と一緒に歩いて15分ほどのTSUTAYAへ行ったら本格的な陣痛がはじまってしまい、途中痛くて座り込みながらも歩いて帰宅。家についてすぐ産院へ向かったのをよく覚えてます。
骨盤ケアの本にはお産本番までのことが書かれていたのでイメトレはばっちり。(とにかくからだを冷やさない、呼吸をとめないことに集中。)
お産の最中、痛みでいきみたくなるのを「まだいきまないで、痛くてもとにかくふぅーって深呼吸」といわれてる時に夫が「いきみたいのにいきめないってどんな感じかわからん」と言ったとき
「お腹壊して、もう、うんこ漏れそうなのにトイレがなくて我慢しなきゃいけない…!みたいな感じかな」という助産師さんの説明が今でも忘れられません(笑)
いきむときは背中反らない!背骨の丸みに沿ってで赤ちゃん出てくるからね!いきむとき声と息漏らしたらもったいないから全部我慢!
という助産師さんのアドバイスを聞いて「へぇーー!!」
と思いながらこうかな?こうかな?とやっている間に無事出てきてくれた長男くん。
とっても元気な髪の毛ふさふさの男の子。産まれてきた我が子を見て本当に嬉しくて、ただただ、かわいいーー!!としか思いませんでした。
1ヶ月検診でもなんの問題もなく健康そのもの。
産後も助産師さん主催の赤ちゃんの抱っこ教室や発達教室へ行き、そこでオススメしていた「まんまる寝床」「まんまる抱っこ」「おひなまき」「アッキースリング」をしっかり導入。
おむつは手縫いの布おむつ。おむつ無し育児もやってみたいと思って、かわいいホーローのおまるも買いました。
発達教室では、「発達の順番」大事と教えてもらいました。
首がしっかり座るまで縦抱きはしない。
首を大事に、抱っこも下ろすときも丁寧に丁寧に。
しっかりうつ伏せで首が上がるように。
自力でお座りができるまでは、座らせない。
ちゃんと目でおもちゃを追うかな?
お手々合わせはできてるかな?
ずりばいはできてる?
手を開いてハイハイしてる?
いきなり立っちゃってない?
などなど、、、
そういうところをしっかりやることで手先が器用になるよ、と教わりました。
そして意識して観察はしていました。(していたつもりでした。これが本当に大事だったと学び直すのはここから5年後です)
離乳食が始まる頃には離乳食教室へも行き、出汁が大事と聞けばせっせと出汁をとり。
絵本教室や、おもちゃの選び方教室などなど、それは熱心に通って一生懸命やっていました。
長男君は人見知りや場所見知りもせず、母乳もよく飲み夜もわりとよく寝るタイプ。ニコニコ笑うし、母的に困ったことも特に無く、その後の検診で引っ掛かることもなく、スクスクと育っていました。
つづく。
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