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ミュージカル「燃ゆる暗闇にて」観劇感想②

 こんにちは、雪乃です。今日はサンシャイン劇場で「燃ゆる暗闇にて」を観てきました。私は今日がmy楽です。

 前回の感想はこちらから。↓

 というわけで感想なのですが、2回目の感想ということでネタバレ全開でいきます。











 開幕前にあらすじを読んで「この物語はたぶん1回の観劇で消化できないな」という気がしたのでチケットを追加した「燃ゆる暗闇にて」。2回観ても消化しきれていない部分も多いのですが、結末まで知っている分初回より考えながら見ることができたかなと思います。

 坪倉イグナシオと佐奈イグナシオを両方拝見することが叶ったのですが、お二人とも全く異なる魅力があり、やはり2回観て正解でした。
 ダブルキャストを両方観た上で二人の印象を簡潔に述べるなら、「動」の坪倉イグナシオと「静」の佐奈イグナシオ、という感じでしょうか。
 ドン・パブロ盲学校の理念に真っ向から反する信条を持つイグナシオは学校内に混乱をもたらす役どころ。痛みを火種とする炎が自己を、そして他者をも燃やしていくイグナシオという役はカルロスと対になる存在であり、この作品のもう一人と主役ともいえます。
 確固たる強さの中に時折繊細さや過去の傷跡が揺らめくように現れる坪倉イグナシオに対し、純粋さや繊細さが全面に出ていて、ゆえに心の傷から内なる炎が表出していくようだった佐奈イグナシオ。歌声の面でも異なるカラーがあり、魂の叫びとロックなミュージカルナンバーを共鳴させる坪倉さんの歌声は劇場全体を灼くような力強さがあり素晴らしかったです。また低音で深く響く歌声で劇場を満たし、イグナシオの繊細さに説得力を持たせる佐奈さんも素敵でした。そしてミゲリン役のコゴンさんとのデュエットは絶品。今のミュージカル界において若手屈指の歌姫である熊谷彩春さんとのかけ合いも聞き応えがありました。

 「燃ゆる暗闇にて」は学校が舞台ということもあり若手キャストが揃った舞台だったのですが、際立ったのがそれぞれの芝居の嘘のなさと純粋さ。コミュニティの強さにも危うさにも転ずる「正しさ」をテーマとする本作において、キャスト一人ひとりの芝居が純粋であったからこそ誰も間違っていないと素直に思えたし、何よりあの結末に至ってしまった、ラストシーンのやり切れない思いが重く響きました。
 そして本作はミュージカルですし、なんといっても記憶に残ったのが歌声の個性。生徒全員が視覚障害を持っているため、登場人物は誰が近くにいるのかを声によって判断しているのですが、各キャストが異なる個性の声を持っていたことで、生徒たちが誰を「いる」、もしくは「いない」ことを判断し認識しているのかが分かりやすかったです。

 今日の昼公演は佐奈さんの千穐楽のためカーテンコールで全キャストからの挨拶があったのですが、エリサ役の高槻かなこさんが「エリサとしてずっとイグナシオが憎かった」と仰っていたのが印象的でした。
 イグナシオのルームメイトとなったことでイグナシオに最初に共鳴するミゲリン。そのミゲリンの恋人として彼を奪われた感覚に襲われるエリサ。エリサは最後までイグナシオに共鳴することなく、ただ真っ直ぐに己を、そしてミゲリンへの愛を貫きます。カルロスとホアナか揺らぎながらも自分たちにとっての「正しい世界=自分の居場所」を守ろうとするのに対し、エリサの根底にあるのは確固たる自分と、そして確固たる愛。揺らぐことのないエリサの強さは高槻かなこさんの劇場を射抜くようなソウルフルな歌声によって一層説得力を帯び、作品の世界に奥行きを生み出していました。

 イグナシオが生徒たちの中心になっていくのとは対照的に、学校内での居場所を失っていくカルロスを演じた渡辺碧斗さん。生徒たちのリーダー的存在として聡明さや明るさを持ち、またホアナをさらりと抱き寄せたりする仕草がスマートな一方で、誰よりも「子ども」である一面を持つお役だと感じました。イグナシオと戦う決意をするシーンでは周りの人間を引っ張っていく確かな牽引力を見せる一方で、その強さやリーダーシップは「正しさ」に必死に縋ることで保っているにも見える、絶妙なバランス。今年の春まで一国の王を演じていた人と本当に同じ人?と驚きました。
 まだ大人によって守られるべき子どもであるカルロスが覚悟を決めたことでその子どもらしさが消えていき、最後には仄暗さを纏った大人として立つ姿があまりにも辛かったです。

 「ヤンマ総長が主演⁈絶対行かなきゃ!!!」みたいな動機でチケットを取った「燃ゆる暗闇にて」。普遍性を持った作品でありながら「健常者の規格で作られた世界で障害者が生きるとはどういうことか」という点に切り込んだストーリーが個人的にとにかく刺さりました。
 私はドン・パブロ盲学校のような「仲間と一緒に、まるで障害など持っていないように生きられる『幸福な』世界」を小児科の病棟で、イグナシオが生きてきた「人と違うこと、健常者と同じようには生きられないことを思い知らされる」世界を普通学級に通うことで知ったため、カルロスにもイグナシオにも共感しながら観ることができました。私個人としてはイグナシオ寄りの考え方を持っているのですが、しかし「不可能を望まない方が幸福である」というドン・パブロ盲学校の理念も、今までの自分の人生を振り返れば、確かな実感を持って理解できる。今まで観た演劇の中で一番共感した作品でした。
 一方で私は障害当事者でありつつ「見える側」でもあるので、すべての照明が落とされて劇場が暗闇に包まれ、観客が生徒たちの生きる世界を疑似体験する演出では「見える人間の基準で作られた世界」について考えるきっかけにもなりました。

 あとやっぱり楽曲が抜群に良かったです。韓国ミュージカルを観るのは「ダーウィン・ヤング」と「ナビレラ」と続き、「燃ゆる暗闇にて」が私にとっては三作目だったのですが、どの作品も曲がとにかく良い。
 閉じた世界の持つ神聖さと残酷さが危ういバランスで同居する「ダーウィン・ヤング」、人の温かさに溢れ、また心の痛みを精緻に描き出す「ナビレラ」、そして若者の心の揺れと魂の叫びを鮮烈に表現する「燃ゆる暗闇にて」。三作とも大好きな作品です。いつか観劇旅行で海を越えるためにもハングル覚えるぞー!!!

 「燃ゆる暗闇にて」は明日が千穐楽。最後まで駆け抜けてくれることを祈っております。

 本日もお付き合いいただきありがとうございました。

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