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ミュージカル「上海花影」観劇感想

 こんにちは、雪乃です。今日はMono-Musicaの新作「上海花影」を観てきました。

 というわけで感想です。ネタバレを含みますので未見の方はご注意ください。














 香港返還に揺れる時代の上海の裏社会を舞台とし、〈虞美人〉と呼ばれる「何か」の正体に迫りながら、登場人物たちの思い、そして「内」と「外」が絡み合い進んでいくミュージカル。当時の時代背景も深く関わっているので、観た後にも調べながら深く楽しめる作品です。
 スリリングで文学的、深遠なるサスペンス。国同士の思惑や駆け引きが次第に人と人との思いやそれぞれの正しさの対峙となっていく、その過程が丁寧に織り上げられた物語でした

 「上海花影」はお衣装や役者さんの髪型のスタイリングも凄く良くて、翡翠のつけている簪や夕月、春花の髪飾りがとにかく素敵でした。夕月のドレスは赤がメインで黒をアクセントにしているのに対し、春花のドレスは白と黒がメインで赤がアクセント。この2人の対照的な衣装が印象的でした。

 舞台は香港返還を控えた時代なのですが、劇中にはアヘンを吸うためのパイプやかつて上海に存在した娯楽場「大世界(ダスカ)」が登場します。このあたりは漫画「満州アヘンスクワッド」を読んでいる身としてはもはやお馴染みのもの。アヘンやダスカといった単語が登場するたびに「満州アヘンスクワッドで見た!」と脳内が治安の悪い進研ゼミと化していました。 

 ではキャラクター別感想を。

暁雨(シャオユー)

 六道商会の構成員であり龍鳳の部下。まず眼鏡をかけている時点でビジュアルが大優勝すぎ。好き。深く響く歌声も大好きです。
 かつて国に接収された故郷を「自分たちだけの国」にするために、考え得る中で最も極端な手段を選んだ暁雨ですが、「虞美人」の真相が明らかになったときに、すべてが腑に落ちる感覚があって。「許せない」と言った夕月の気持ちも理解できるけれど、それでも暁雨にとって、もはや自分の愛する故郷──「内側」に誰も踏み込ませないためには、もはやその道以外考えられなかった。龍鳳の部下であり夕月の幼馴染でもある暁雨が危うい立場でありながらも本当の目的のために貫いた筋があり、そしてその果てにある孤独なラストシーンは美しくさえあり、同時に哀しくもありました。

夕月(シーユエ)

 故郷が接収された後親戚を頼ってフランスに渡り、フランスの諜報員となった女性。六道商会の客人「ロクサーヌ・ベルジェ」として行動しているときの立ち姿や座った姿勢、所作、言葉はすべて「ロクサーヌ」を纏うためのもの。だからこそ暁雨と再会し「夕月」に戻ったときの、「夕月」としての等身大の姿とのコントラストが引用的でした。
 黄昏に溶けていきそうな、妖しげで正体を掴ませない佇まいの夕月の輪郭が、物語が進んでいくにつれて次第に明瞭になっていく。「暁」と「夕」、夜に隔てられた最も遠い時間の、対照的な名前を持つ暁雨と夕月。そんな2人が同じ夜に、ひとところに落ち合う姿には心を掴まれました。一方で、2人を隔てた年月の長さと、それによりもはや2人が同じ場所には立てないという事実もまた容赦なく描いていく「上海花影」。最後まで油断のできない展開を終幕に導くのは、消え入りそうな夕月の歌声。M7「籠の鳥」の歌声も最高でしたが、M9「夜明けの雨③」もまた「これぞミュージカル」という趣があって好きです。

龍凰(ロンファン) 
 
 あのちょっとすみません、お吸いになってる煙草の煙を吹きかけていただいてもよろしいでしょうか?と幕開きに心の中で言っておりました。もしくは龍鳳の煙草の煙になりたい。 
六道商会の幹部にして幇主(ボス)の娘・春花の恋人であり、次期幇主と目される人物。暁雨に夕月との関係を問い詰めたシーンで見せた気迫や恐ろしさ、2幕の最初のナンバーで見せる苛烈さ、ギラギラとしていながら影を抱えた眼差し、あるいは夕月との極めて礼儀正しい駆け引きはまさしく「本物」のそれなのですが、正体は当局の潜入捜査官。やっぱりダントツで好きなシーンは春花に自分を撃たせるシーンですね。「まっすぐ狙え」という台詞はシンプルながら劇中で最も重く響きました。マフィアに潜入した捜査官という立場。「内」も「外」も相手取って闘ってきた彼の幕切れは圧巻でした。

麗春花(リー・チュンファ)

 六道商会の現幇主の娘。贅沢三昧のワガママな「お嬢」として振る舞いながら、周りの目を盗んでフランス語の本を読むなど、学ぶことを誰よりも強く希求し、外の世界を冀う女性。龍鳳の恋人でありながら狼とも浅からぬ仲にあり、狼と2人のシーンは等身大の一面が見られました。
 春花は劇中の言葉を借りるならば「ブランドバックを買いあさる浅はかな女」を演じることで、裏社会で自分の身を守っています。その姿は「頭の良い女が確実に幸せになるためには頭の悪いふりをするしかない」という「虎に翼」の台詞と重なるものがありました。
 籠の鳥だった春花の中で燻っていた火種が、夕月に留学の話を持ちかけられたことにより燃え上がっていく。まっすぐにただ飛び立ちたいと願う春花の姿が眩しくあればこそ、紆余曲折を経て六道商会という「内」で生きていくことを決意した春花の悲壮な覚悟には凜とした佇まいが伴っていました。
 

翡翠(フェイツィ)

 龍鳳の庇護下にある「桃苑酒家」の主人。柔らかくしなやかな強さと硬質な力を伴う強さが同居し、2つの強さを巧みに使い分ける人物。「桃苑酒家」の主人として振る舞う一方で、龍鳳に対して深い感情を抱き、龍鳳のために彼が安心して眠ることができる「内」側を作り守り続ける姿は温かく、一方で龍鳳の死の原因を作った夕月はその手で殺す。「誰がどこまで何を知っているのか?」という情報が伏せられながら進む本作にあって、彼もまた立場の境界線で闘っていた一人でした。暁雨に「龍鳳は潜入捜査官である」と明かす場面は、命のやり取りを内包する緊張感と舞そのものの美しさが絶妙なバランスで溶け合い、また扇の使い方も含めて最も印象に残りました。

狼(ラン)

 「桃苑酒家」で働く青年。1幕M2「桃苑酒家」で見せてくださったキラキラスマイルが忘れられない。
 しかし狼は内モンゴル自治区の出身で文化大革命の際に両親を殺された過去を持ちます。
 彼の悲願は故郷の独立。革命家として見せる表情の瞳に宿る炎の鮮烈なまでの気迫と、春花と2人のシーンで見せる飾り気のない青年の姿。そのどちらも魅力的でした。狼の回想のダンスシーンで使われているのはおそらくモンゴルの伝統的な歌唱法・ホーミーでしょうか。彼もまた「内」を守るために「外」で闘うことを選んだ人物。登場人物が故郷を持つ作品だからこそ、彼の史実に基づいたバックグラウンドは一際重いものとなりますが、そのバックグラウンドは生身の人間の肉体を持って演じられることで、確かにそこに「在った」のだと感じられました。

 「上海花影」、サスペンスフルながらも誰かの故郷に思いを馳せたり、歴史を調べるきっかけとなる、エネルギーに満ちた作品でした。そしてワニズホールだからこその濃密さ、客席ギリギリまでアクティングエリアとして使うからこその没入感がたまらない。虚構と自分の境目がなくなっていくような感覚はこの規模の劇場ならではで楽しいです。

 実は21日、直前になって休日出勤になりかけたのですが「この日だけは絶対に無理です」と言って日程を死守しました。守り抜いた甲斐があったよ!!最高の作品でした。

 年末には「辺獄に花立つ」の再演も控えていますし楽しみです。

 本日もお付き合いいただきありがとうございました。

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