毒親からの解放ストーリー (28)
私は田中先輩が話を聞いてくれると言ってくれたので、うれしくなって、一気に緊張が解けて、気が抜けてしまった。
今まで誰にも話すことが出来なかった母と私の関係だ。物心ついた時から、何かにつけて母から怒られ、殴られていた日常。そしてそれが当たり前だと思い込んでいた幼い自分。
それが友人の家に行って、初めて見た母と娘の優しい感情のやり取り。
それ以降 、本を読んだり、友人たちの話にそっと耳を傾けることによって知り得た、自分以外の家庭や親子関係を理解していくうちに、心の中で何かがはじけた。それは、私の脳に焼き付けられた母の理不尽さだ。こんな思いをどうやって、伝えていけばよいのだろうか。
それでも田中先輩が私の話を聞くために時間を空けてくれたことに、涙が出るほどうれしかった。だから約束の日が待ち遠しくて、鏡に向かいながら先輩と話し合っているシーンを何度も想像しては、一人でにやけている私だった。
約束の日はいつもより、少しだけお洒落をしてみた。お洒落と言っても、いつもの服に父から合格祝いにプレゼントしてもらったネックレスを付けてみた。それは父が母に内緒で買ってくれた物だ。
私が徳島へ行くときに空港で渡してくれて、あちらの生活でお金に困った時にこれを売って何かの足しにするようにと渡されたのだ。当然私の持ち物の中で一番高価な代物で、父の愛を感じることが出来た代物だ。
朝から時間の経つのが遅くて、時計と睨めっこしながら、少し早めに約束の場所に出かけた。すると田中先輩はすでにそこに座っているではないか! 私は嬉しくなって、息を弾ませながら先輩の前に座わって
「お待たせしてしまってすみません」
と顔をほんの少しだけ上げて、先輩の顔を盗むように見た。
「あれから色々と考えてみたけど、僕は君の事をほとんど知らないから、とりあえず、お母さんとの関係や、家族の事について教えて欲しいのだけど、話せるかな?」
私は、どう先輩に話せばわかってもらえるかを考えた。しばらくの間、沈黙していた。
そのうちに涙が出て止まらなくなった。
母の事を人に話すのは初めてだったし、やっと話を聞いてくれる人ができたということが信じられない程嬉しかった。
先輩は、私を優しく見つめながら黙って待ってくれている。
「急がなくていいからね、話せるようになるまで待つから」
その言葉を聞いてますます涙が込み上げて来た。しかし今こそ話さなくてはいけないと思い、口を開いた。