毒親からの解放ストーリー (43)
父は、少し気が弱くて、母の尻に敷かれていたけど、私を医学部に行かせてくれた恩人だ。だから私は相続放棄の件を即座に断った。その時の二人の顔は今も忘れられない。
二人は信じられないというように、口を開いて、目を丸くしていが、すぐに気を取り直した様に、眉間にしわを寄せると、鬼の様な形相で、私に食って掛かった。弟は私の襟首を掴みながら、すごんで見せながら、こう言葉を吐き捨てた。
「俺の言うことを聞かなかったら、後で後悔するからな」
母も弟も、自分達が私をちょっと脅せば、いくらでも言う事を聞くと思っているのだ。
私は、子供の時の私では無い。私は、母と言う修羅を超えた人間だ。記憶の中の母からは、いつも頭を殴られ、背中を酷くたたかれていた。だから少々殴られる事には慣れている。小さな子供が自分より大きな存在の鬼の形相の母親に叩かれる恐怖は計り知れない。それに比べると弟の宏の脅しなんかたかが知れている。宏は悪い友人と付き合っているようだが、小さい頃から食べ物の好き嫌いが激しかったせいで、身体がやせていて貧弱なのだ。だから迫力が全く感じられない。
私の医院の患者さんの中には現役のヤクザの患者さんも来院することもある。そのような時でも当然ながら医師として、診療拒否はできない。ある時、以前に患者として来たおじさんが、しばらくぶりに来院した。診察室で椅子に座ると、開口一番にこう言った。
「俺さー。今さっき刑務所から出てきたばっかりなのよ。糖尿病なのに医者に掛かりたくてもなかなか難しくて、だからさー、出所して直ぐに、お宅に来たわけ。治療してくれる?あそこじゃちゃんとした治療をしてもらえないからさ」
出所したばかりだと私に訴える現役のヤクザのおじさんは、私を驚かそうとして、出所したばかりだなんて言ったのかはわからないけれど、その様な患者さんに恐怖を感じて,こちらがおたおたした態度を見せてはいけない。それこそが相手の思うつぼだと思っている。そういう時には、怖がってなんかいないという態度をとることが必要だ。
「あちらで体調が悪くなっても直ぐに対処してくれないのは大変でしたね。でも食事の面ではカロリー計算をしたものだから、かえって良かったかもしれないですね。家にいれば食事の管理が糖尿病治療の上で一番大変ですよね。今お顔を拝見すると肌の色つやは以前より良いみたいです。血液検査の結果を見ても血糖値が以前より下がっていますよ」
などと当たり障りのない世間話をしながら診察にあたることを心掛けている。どんなに手ごわそうな患者さんにも他の患者さん達と同じ様に接するのだ。だから軟弱な宏より色々な人を診て、相対してきたおかげで肝が据わってきた。
今や私は、守るべき人間を守れるだけの力を手に入れたのだ。気が付いてみれば私は、母や宏と違って社会の中でもまれながら、強い人間になってしまったのだ。もう誰からも支配されない人間になったのだから、あなたたちのように何も考えずにお金をただ浪費して暮らしているような人の言うことなんて聞けるわけがない。