毒親からの解放ストーリー (48)

 そんな怠惰な生活を送っているヒロシが突然帰宅した。ヒロシは母と同居しているが、彼はギャンブル優先の生活をしているので、負けが込んでいたり、また珍しく勝っていたりすると、なかなかその場から抜け出して家に戻ることは出来ないのだ。彼の気弱で、人が好い性格を知っているギャンブル仲間達は彼のそういった性格を見抜いているので、軍資金がなくなるまで家に帰ることを許さないのだ。 そのため、ヒロシが帰ってくるときはいつも文無しになっていて、おまけに疲れ切っているので、すこぶる機嫌が悪い。

彼が帰って来た時、私は母の身体を拭いていた。午前中の暖かい日差しが差し込む母の寝室に二人でいた時だった。リビングルームに続く引き戸を荒々しく開けた瞬間、ひろしはやせ細った、青白い顔で目を三白眼にして、こう言い放った。
「何しやがる!ここに来るなと言ってあるじゃないか」
 こういうなり母の背中を拭いている私が振り向いた瞬間、上から殴りかかろうとしてきた。

 反射的にその両手首を下から握ると、私の頭の上にあった顎をめがけて、思いっきり頭突きをした。ヒロシは、思いがけない私の反撃に驚いて、思わず床に倒れ込み、顎を抑えながら両足をバタバタしている。私の頭も痛かったが、彼も痛みと驚きで、気が動転しるのだろう。そこでわたしは思いっきり、ヒロシの股間を踏みつけてやった。「ギャー」というなり、床の上で身体を丸めて、防御の姿勢のまま、目を見開いたまま、恐怖のまなざしで私を見つめていた。

「私はあんたより体のことはよく知っている。だから、どこが人間の急所かわかっている。また今回みたいな真似をしたら、許さない。こちらは正当防衛を主張できるのだから」

 顔をゆがめながら、黙って痛みに耐え続けているヒロシは、恐ろしいものを見てしまった、というような表情で、私を凝視している。母もまたヒロシと同じように恐怖の目で私を見つめていた。
私は何事もなかったかのように、再び母の背中を拭き始めた。その時の母の背中は、以前より小さくなって、少し震えているようだった。

 母は、私が他の人に対して怒った姿を見たことがない。母は、常に私に暴力をふるう側の人間であり、私は常に暴力を受ける側の人間であったはずだ。それなのに、暴力を受ける側とする側が、入れ替わった瞬間を見てしまったものだから、母の私に対する恐怖は相当なものだったのかもしれない。

 私にしてみれば、診療所で色々なタイプの患者さんを診ているうちに、度胸と、瞬間の判断でどう対処していくかの力が付いたのかもしれない。つまりヒロシや母のように、自分が弱いと思った人間にだけ強い態度に出る人間は、そもそもが弱い人間なので、弱いと思っていた人間からガツンと一発強く出られると、その人間に対して恐怖心を持つようになるに違いない。

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