毒親からの解放ストーリー (46)
電気をつけて部屋を明るくしてみるとベッドに横たわっている母の姿があった。その姿は生きているようだけれど、ベッドの上にも周りにもゴミが積み上げられていて、その中で一人静かに呼吸をしているという状態だ。
「ヒロシはどこにいるの、どういうことなの」
と聞いてみたけど、母はただ黙って天井をみつめているばかりだった。その目は部屋が急に明るくなったので、まぶしそうに目をつぶっていて、その表情からは何の感情も読み取れなかった。
父の相続の裁判が終わって、その後の手続きが終わってからは半年くらいしかたっていないのに、この変わりようは何なのだろうか。私は取り敢えず、母のベッド周りを掃除して、動線を確保した。弁当や飲み物のゴミが散乱していて、歩きにくかったからだ。それから母の側に行って、顔を見た。
はじめは誰が来たのかもわからず、ただ目を閉じて身を固くしていた母だが、私が掃除しているのを見たのだろう、母の表情が心なしか緩んでいるように見える。口を開いて話そうとするが、声が出ないようだ。
直ぐにキッチンへ行って水を用意した。家は新築なのにどこもかしこもゴミが散乱している。それでも新築木造住宅の木の匂いを鼻に感じることが出来た。ヒロシに対する怒りがこみ上げる。弟はどのような気持ちで自分の親をこのような状態にしておいたのだろうか。
母に水を飲ましてから、上半身だけ起こしてみた。上半身を起こしておくだけの体力がないのか、直ぐに横になってしまった。母の衣服は汚れたままで、ベッドも汚物でガビガビになっている。いつからこの状態が続いていたのだろうか。母に事の次第を聞いてみても要領を得た答えは聞けなかった。
仕方がないので、いつ帰って来るかわからないヒロシを待てない。だからいったん引き上げることにした。
とにかく家に帰って数日後、診療所を都合によりしばらく休診します、という張り紙をして、再び母のところへ戻って行った。母に対する感情は今もなお許せない気持ちはあるが、あのような状態の人間を見過ごせないというのが、正直な気持ちだ。親族としてというより、人間としての私の良心があの人を助けてあげようと思ったのだ。
横浜の家に戻ってみると、そこにはヒロシが家にいた。彼は私を見るなり、大声で威嚇した。
「どうして黙って俺の家に入るのだよ!お前は関係ないだろう、出て行けよ、二度とこの家に来るな」
弱々しいその顔は、青白い憎悪に震えていた。ヒロシは気が小さい男で、そういう人間によく見られる怒りが表れていた。
私は冷静に彼にこう言った。
「母さんをヒロシが連れて家を出たと聞いたから、訪ねただけよ。あなたが責任を持って看てくれるのなら、私は何も言わないけど、お母さんのおかれた状態を見て驚いたわ、汚物まみれの、ゴミまみれだったじゃない」
彼が母に対して人間扱いをしていないのは、一目瞭然である。介護申請もせずに、自費のヘルパーさんを 十日に一遍ほどしか入れていないという事実。これはヒロシが母に母の財産を全て彼に贈与するという遺言書を書かせた後に、姥捨て山よろしく、この家に閉じ込めて動物の様な扱いをしていたのだ。彼の浅はかな筋書など簡単に見破れた。