【詩集】北極では誰かが大人になる
『遠距離という季節』
No.11
誰かの恋慕のために泣いてくれ
夕暮れから聲が出て、そう言われた
涼しい風が吹くから、誰かが泣いたとわかる
そのために流すために、わたしには涙腺がある
そのために、わたしは、泣けるのだろうか
夜がくる前に、わたしの、瞳は答えをださなければ
漂うだけの、曖昧な、かなしみを、ただ見ていたら
雷が追いかけてくるような気がした
【隣人の向こうのために】
No.12
夕立にて、わたしと雨は、分離されていることに
気がつくのならば、夏は遠くなってゆく
景色と空気と一体となれたのならば
わたしは、夏に触れられるだろう
この、はげしい雷雨にみまわれて
それでも、わたしと夏は遠かった
【遠距離という季節】
No.13
一瞬に、なにもかもが起こって終わる
そういうものを命と呼ぶみたいに
わたしの血流ときたら濁流みたい
信用しない、心拍数値、
それよりもっと、早いなにかが、
わたしをうしろから、おいかけてくる
振り向こうと思った時には、誰もいない
そういうものを命と呼ぶみたいに
わたしの呼吸ときたら乱気流みたい
深呼吸、ひとつ、もしも、報われるのなら
【流動的な視界】
『北極では誰かが大人になる』
No.14
この雨のつめたく
日和は過ぎしめまい
あそぼうよ、あそぼうよ、
蜃気楼は無邪気であった
晴れのち雨、雨のち晴れ、
雲はひたすら、かけまわり
あそぼうよ、あそぼうよ、
カゲロウは飛ぶよ、蝉は飛ぶよ、
空ばかり見ていた梅雨でした
絵日記、最後のページ、傘マーク
あそぼうよ、あそぼうよ、
【夏休みには帰りたい】
No.15
しらけてゆく、まわりみちにも
赤いおりがみ、ちぎってゆこう
おなじところを、まわっているのは
わたしのあしあとが、つかないからで
やはり、おなじところを、まわっている
赤いおりがみ、たよりなく
風にふかれて、みちすじきえて
しらけてゆく、まわりみちにも
かすんでゆく、景色にも
風はふく、まわりながら、とめどなく
【迷路にはつむじ風】
No.16
焼かれてゆくのは、いつも映像
そうして、アルバムにおさめて
水葬を、ひとりで、とりおこなう
善悪も、白黒も、0と1も、
全部ひとしく焼かれていた
水の底で、はたして生き続けるだろうか
わたしのかわりに、天へのぼってくれるだろうか
願いの反対は、いつだって沈没であったのだから
わたしのひとりよがりは、自分で焼くしかなくて
映像は、ひとつ、ひとつ、泡沫となってゆく
善悪も、白黒も、0と1も、
全部ひとしく、わたしは、手を合わせて、
存在という、今の連続性に、浮遊する、思念を
【活動写真をとむらう時】
No.17
裏面の表記を、無感情に読んでいた
しかし、表記には、感情があった
品質、メッセージ、キャッチコピー、
すべてに、わたしよりも、たしかな感情
そうして、わたしよりも、たかい平熱
気がついたら、ふせってしまっていた
裏面の表記を、ただの無感情に読んだ
それは、ふせってしまっていたからか
ふせってしまってから、読んだからか
わからない、しかし、文字列には、
わたしよりも、たしかな、人間性があった
【プラごみに馳せたもの】
No.18
蜂の音が聞こえて、深夜は不明瞭
この夜に、わたしと共に生息する
巣を見失って、酔いどれた蜂の音
蛙の声は、深夜にも明瞭に棲む
蜂の音は、耳元
それぞれの寂しさは、分け合えない
花に逢えることもない、この時刻に
蜂の音は聞こえる
花はもう凍ってしまい、口を閉ざし
蛙の声ばかりが、田んぼの水を揺らす
蜂の音、ラジオの周波数、深夜放送、
凍った花に、FM放送の波形に水をやる
夜明けから、逃げ遅れる、
蜂とわたしと、落ちる、
【夜更かしには飾れない】
No.19
かつては温暖に居た子供であった
天井を見上げて、今は口角を上げて
どこかの寒冷に居た大人と出会った
わたしが、わたしに居る、瞬間、
温度は尺度、朦朧とした存在のための
天井は歪んでいる、この口は開きかける
どこの大人と、同じになったのだろうか
それとも、どこぞの大人と、混ざったのだろうか
わたしの平熱は、未だに平均をくつがえして、
温暖の名残か、寒冷の影響か、不明のまま
ずっと、空から匿われて、天井を見上げている
わたしは大人、子供をすぐに捨ててしまった
逃げてなった、大人、暖かさに朽ちた無垢の心
ときおり、戻れないという、嘆きが聞こえる
寒冷地帯が、心地よかった、奪われた陣地
匿われたままの天井、涙は枯れたのか凍ったのか
再び、口角は上がってゆく、天井はしずかなまま
【北極では誰かが大人になる】
No.20
一音一音が打撃のように
わたしには響いていた
この旋律に不調和のわたし
その足音に、誰もが俯く
謝り続けて喉はつぶれて
いまさら、歌もないだろう
スピーカーからは歓喜が吹き付ける
そうして、一音一音は打撃のように
かくじつに、わたしを殺そうとして
荘厳であって、感動があって、拍手があった
ふらつくわたしの足音は、
世界のための不協和音
皆が手を繋いで歌う日に
木の影に隠れて耳を塞ぐ
そんな日陰のわたしをゆるさない、旋律は、
たしかに、わたしを殺そうとして
いつだって、調和を保つ、音を放っていた
【調律されていない足元】
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