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【詩集】傘をさして、青空を諦め



『傘をさして、青空を諦めて』

No.169

わたしは恐怖と共に心中をはかる
しかし恐怖の生命力はゆるさない
とてもつよい力でわたしを抱き上げる
とてもつよい力でわたしを突き飛ばす
わたしを苦しめている恐怖が
わたしをこの世にとどめている
今日なにも書けなくなったのなら、終わり
今日なにも書けなくなったのなら、出掛けよう
煙草を吸いながら、相合傘なんていいとおもう
おまえを生んだわたしはおまえと手を繋ぐ
わたしにはその権利がある
おまえはわたしに付き合わねばならない
終わり、そうだふたりでここから飛び降りよう
氾濫した川のうえ、おまえと一緒に終わりにしよう
そうしたロマンチシズムすら、おまえは打擲する
おまえはわたしの愛憐すら許してはくれない
とてもつよい力でわたしを抱き上げる
とてもつよい力でわたしを突き飛ばす
おまえはわたしに投げつけるような言葉を吐く
わたしはおまえが怖いよ、怖いから逃げたいよ
わたしの弱さをゆるさない、恐怖から逃げたいよ
とてもつよい力でわたしから傘を奪う
とてもつよい力でわたしから煙を奪う
とてもつよい力でわたしの終わりを奪う
大雨に打たれるわたしを見下ろして、
わたしの弱さをゆるさない恐怖が、わたしを掴む

【傘をさして、青空を諦めて】


No.170

神経は緑色に瞳も緑色に
眠れぬまま眠れぬまま
正気でいることの恐怖
此度もまぶたはふるえ
此度もしんぞうはくるしく
なぜまだ、生命活動がなされるのか
なぜまだ、口から這い出てくるのか
終わることのできたのなら
終わることのできたのなら
終われないのなら微睡を
終われないのなら深い眠りを
この神経回路の増福、繊毛恐怖症
誤字は増え、朦朧は増え、指先は青くなる
この鬱陶しい雨季に入り、汗をかき震える
なにも、なにも、決定できないのなら
いまだ、いまだ、心拍数は上がり続け
病が言葉を発す、言葉は病を癒さない
終わることのできたのなら
その花冠で締め上げてくれ
花の香りを美しいと思えるうちに

【熱のない花ばたけに】


No.171

雨の日は憂鬱だと寝込み
晴れの日は憂鬱だと寝込み
雪の降る日は憂鬱だと寝込み
わたしの四季はわたしを通り過ぎて
わたしのうたはわたしを踏みつけて
この手は投げ出され、新しい諦めだけを待つ
花の香り、雨のにおい、雪のおもみ、
すべてが、わたしには、まぶしくて
わたしを表すものが、この先病名だけだとしたら
わたしは名前の意味を、この世から消すだろう
この名前は、誰も覚えてはいなかった
百年も明日も変わらないものだから
わたしの日々に意義がないのもふつうであり
四季がわたしを素通りすることは当然である
たくさんの白い手がわたしの目を開かせる
まばたきひとつも自分でできなくなる
四肢は投げ出されて、うたは消え失せる
わたしの呼吸ひとつに、名前があった頃
もどらない季節の浪費を、かえせないまま
わたしは消えたい、それだけが、本願、
天罰は背後に、ただれた、本願

【その四季のなまえは】


No.172

つめたくなる末端
誰とも知らない影
影、影、影、
わらっているのか
おこっているのか
勝手に散ろうとした罰か
決定権のない意識は罪か
頭だけがずっと熱いまま
血脈は正常に流れてはいない
わたしは削る、みじかくなる
つめたくなる末端
それを見つめる
影、影、影、
幻惑であれば美しかっただろう
真実であるから醜悪なのだろう
痛み、火照り、全てへの恐怖
世界はハリガネになってゆく
もう世界の色彩は見られない
ああ、しかし、まだ正気だ
これが、罰である、亡者として現世にいる罰だ
わたしは、幽体にもなれず、地獄にもいけずに
影を見ている、眼球を赤くして、伏して泣く
影、影、影、
雨は針、視線は雷、言葉は刃
刺され、切り刻まれ、焼け落ちて、
わたしは影になる
影、影、影になる

【失せし新緑】


『運命を奏で、無音を求む』


No.173

ともにいられない運命の音が
わたしとだれかの合間にあって
だれかマエストロを止めてと叫ぶ声
わたしは聞かない、時計の音も、音楽も
引き裂くものは何も無い
最初から無かったのだから
無いものは分離も別離も無いのだから
この道を歩けば、新しいスコアが?
そのときは、わたしのためのマエストロが?
あの日のサロンで響いたら音がわすれられない
わすれられないものだけが運命の車輪になる
わすれてゆくものとはともに無い
わすれてしまったものには引き止められない
新しいものがたり、新しい音楽、新しい声、
わたしは求める、わすれがたきものたちを

【運命を奏で、無音を求む】


No.174

とおくへとおくへ呼ぶ声よ
とおくへとおくへ呼ぶ声よ
名無しの誰かのための声
とおるとおる呼ぶ声よ
とおるとおる呼ぶ声よ
かなしく待ってるひとの声
すきとおる声
さみしい声
もう無い声
誰もここへは来ませんでした
誰もここへは来ませんでした
とおくとおく呼ぶ声は
いまでも誰かの耳に沿う
とおくとおく呼ぶ声よ

【澄んだ声は寂しく】


No.175

西陽を浴びて、懐中時計は熱くなる
この部屋に、置き去りにされた時間
思い出は、消え去る、
誰もいない、最初から
幽霊も歩くことなく
最初からなにもなく
時間だけが一定に過ぎてゆく

西陽は沈む、一定の時間に
懐中時計は、動き続けている

夜がふけても声もない
庭に泥棒の影もなく
懐中時計の音だけが
一定の音をたてている

【夕焼けに秒針は語る】


No.176

今日は、ふたりでお茶を飲もう
なににも、属することなく
ただのふたりになり果てて
これからどうする
どうしようもない
そう言いながら、お茶を飲もう
なにひとつわからないから
なにもかもわかっている
このお茶の熱さは、舌をころす
なににもとらわれずにいよう
それは何度目の正直であろう
こんどは本当、本当だよ
このお茶っ葉は澄んでいる
喉を焼くように飲み干して
ふたたび外を眺めていよう

すべてがひりつくような今日だから
目の前にいない人に向けて
ふたたびお茶を注いでいよう

【ひとりに二つのティーカップ】


No.177

雷と蛇は一身になる
そうして天河で戯れ合う
天帝の怒りは波を起こす
星はくずれて銀河は崩落する
雷と蛇は一身のまま
星座に磔となってもなお
つぎの神を待ち希み
白色矮星の下に焦がれてゆく

【七夕の夕立ち】


No.178

このさみしさには音階が必要であり
処方された楽譜を医学博士が弾いている
その鬱屈を取り去るように、軽快な音を
さみしさは誰といても音楽の中にいても
消え去ることはない
このさみしさとは
心臓といっしょくたにされている
音楽は心拍に作用してわたしを揺るがす
死期がはやまる、もう手遅れだと言っている
外科医が飛んできて、わたしの心臓を診ている
このさみしさを無くしたとき
わたしの時間は止まるだろう
息をしながら止まるだろう
愛してあげてください、どうか、
そう言いながら、さみしさを取り残す
わたしの時間は動き出す
息をしながら動き出す
どの音階もズレてゆく
人と揃わぬ足並みで
延命を選ぶ運命で

【心象違いのオペ室】


No.179

再生、巻き戻し、再生、巻き戻し
このビデオをおぼえているか
子供のころのよりどころだった
父も母もいない日には
にぎやかなビデオをみていた
再生、巻き戻し、再生、巻き戻し
テープがすりきれて
画面は線と砂だらけ
それは間も無くの終わり
終わりには敏感な子供であった
再生、巻き戻し、再生、巻き戻し
わたしには、再生する思い出は無く
巻き戻しできる命のわけがなく
さようならを言える歳でもなく
再生、巻き戻し、再生、巻き戻し
わたしが巻き戻して賑やかな世界をみていても
そのあいだに、早送りするような人であった
余命も大切にすることもなく、延々早送りして
再生、再生、再生、
ビデオテープは伸び切って
とうとう終わりになって
あの人もとうとう終わってしまった
撮り溜めたものも無いまま終わった

【亡き人へ】


No.180

雨垂れの音を聞いている
だっだっだっだっ
走り抜ける子供のようだった
光も薄く、ただの病に伏せながら

だっだっだっだっ

子供もおらず、思う人もおらず
なにもできなくなったのならば

だっだっだっだっ

この雨垂れよりも頼り無い心臓に
なにも請うこともなくったのならば

だっだっだっだっ

ずっと子供らの走る音をなつかしみ
わずかながらの想像力でなぐさめる自分
晴れるな、晴れるな、わびしさを照らさないように

だっだっだっだっ
だっだっだっだっ

【雨どいをはしる】


No.181

意味を与えて、喩えてくれたら
私はきっと金魚鉢のなか
エサを待ち、死を待つ、
夏祭りの、ただの名残、
しかし、それは救いではないよ
祭りのあとには何が在った?
ひとつの感傷、終わりの感覚?
それは、澄んでいる、トンボは飛ぶ
わたしは喩えている、あらゆる手段で
金魚の口が、言葉を必要とするわけがない
隠喩暗喩、食べごろであれば、ぶくぶくと
かわいらしくなってゆけるのは嬉しいね
浴衣も帯もとても子供のようで面白い
私は何に見えている?
ただの死のシンボリズムはつまらない
浴衣は幼い、私には小さかったよ?
金魚鉢は、割れてしまった?
育てる気も、なかったでしょう?
わたしの口だけが、酸素とエサを求めている
人間と金魚の違いは今もわからないけれど
割れた金魚鉢の破片をひろうまでが、
きっと私の夏であったと

【夏祭りのあとが煙たいのは】



⚪︎雑記

最近の私は、夢は詩にならず、詩が夢になり、もっぱら悪夢に陥り浅い眠りばかり。

そうして私の周りを飛ぶ思念に同調して、涙が止まらない。

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