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【詩集】卵を割って、世界に触れて

『鬼火に手をかざして』


No.155

天を仰ぐとき、地に伏せるとき
わたしの秤は、どちらに傾くだろうか
冥界に行くときの、肉体は置くか連れてくか
なにも決めてはいないのだけど
天国、地獄、ジャック・オー・ランタン?
カボチャを抱こうか、カブを抱こうか、
どちらでも、この手を引いてくれるのか?
わたしの番はまだだから、静かにしている他なくて
待つのはいつも、つらいだけ
仄暗いわたしの表情にも灯りを授けてくれるなら
天使でも悪魔でも怪異でも、わたしは手を取るから
厄介者あつかい、冥界に、わたしはスニーカーで。
誰に会いに行けばいい?
何処を目指せばいい?
嘘でも本当でも、どっちでもいい。
わたしはもう、何も決められなくなったのだから。

【鬼火に手をかざして】


No.156

悪をのむとき、わたしは、悪ではなかった
善の実践のために、わたしは、悪をのんでいる

世界の根を喰うときには、永劫の破滅を約束する
この世のくるしみを、終わらせるための実践だから

この魂は何層目に置かれているのだろうか
その魂は綺麗に見えているのだろうか

はじまりは常に、おわりと一緒にいることを
生まれた瞬間から、ちゃんと教育しなければ
そういう風潮は、噛み砕いてきた
生は遊ぶべきだ、わたしはその影に佇みたい
わたしのくるしみは、遊びでもあるのだろう

そうすれば、魂は綺麗になるだろうか
そうすれば、マシな層に魂は置かれるだろうか

【地獄で笑って会えたのなら】


No.157

生まれ変わりを黄泉がえりと呼ぶ
楽園に至ろうと必死だった生涯むなしく
ふたたび、わたしは生まれ落ちてしまった
楽園に至れずに、ここに無い世界に泣いて
わたしはふたたび、俯く子どもと成り果てた
この家の庭だけは、楽園と呼べるように
うつくしく整えられていた
そう、ここで、ラズベリーを食べた
庭師は、いつも、微笑んでわたしを見つめる
あなたは、神さまだったのですか?
わたしの口から飛び出た言葉に、庭師は微笑む
次は、楽園がよくて、楽園に行きたくて、
この体は重たくて、意識なんて碌なもんじゃ無い
そう喚く子どものわたしに、ふたたび微笑み、

「一緒に罪を犯してみましょうか、しかし、罪にはなりません。もう、先に犯されてしまった罪です。これを齧っても、慰めにはなりません。しかし、楽園の味なら、もしかすると、ここにあるのかもしれません。」

庭師の瞳が、蛇に似ていることに、
わたしは、このとき、初めて気がついた

【楽園を出て緑の地へ】


No.158

わたしのくだらない命とか、くだらない一生とか
それらがすべて、うだつの上がらない、
アルコールに浸かり、人生を麻痺させる、
あわれな画家の描いたものであったのなら
わたしのくだらなさは、意味を持つだろう

わたしは画家を愛さねばならない
わたしは画家のパンにならねばならない
しかし美しき貴婦人に買われてゆくならば
それをわたしは幸せに分類してもよいだろうか

この人は、わたしのくだらなさがなければ、
この人は、きっとアルコールでわたしを描いた
わたしは、この人を救うことはできないけれど
わたしの、くだらない生命とくだらない暮らしに
わたしは、この人への謝辞をおくらねばならない

額縁はうつくしく、わたしはいつか、
この売れない画家の、たったひとつのパンになる
それを、わたしの幸せとは言えないけれども
すこしは、わたしが、マシな部類になれる気がした

【画廊に棲むわたしの暮らしは】


No.159

かまどにたゆまず火を焚べる
そうして薪をあつめている
この都会の道を木々を巡り
わたしはただの伐採を続け
わたしのかまどの火を絶やさぬように
わたしの勝手な火をいつでも灯していた

死神が見える、他人に付き纏い
わたしは眺める、死神は一瞥する
わたしは悲しくなる、おまえがいなければ
まだまだわたしは、このかまどの世話をしなければ
わたしはおまえに逢いたいと手紙を書いているのに
おまえはよみもせずに、他の奴らの後を追っている

かまどの火はいつもわたしを熱しているが
その熱とわたしのこころは日に日に乖離し
わたしはつらくなっておまえに手紙を書いている
おまえに読んでもらえるだけで
このかなしき伐採の手をやすめ
この薪をおろす日をつくれるのだ

【死神への恋文】


No.160

泥酔した女とわたしは時計盤のうえで眠る
かなしくもわたしひとりが秒針と共に狂い
おんなは夜明けと共に消え去ってしまった
さむいだけの古い財布をねこばばしたあと
毒蛾のような鱗粉をまいて朝日にきえて
わたしと秒針はともにしびれている
死ぬことはないまま頭を痛めている
居酒屋の男はむかい酒をもってくる
毒の次は四日酔いのつもりだった
しかし狂えど酔えない性分であり
一銭ももっていないと断れば
秒針だけは動き出し
男と共に消えてゆく
わたしはひとり時計盤のうえで
うごけぬまま針のような神経で
曲がった時刻を確認していた

【狂気に終わって幸福論】



『卵を割って、世界に触れて』


No.161

卵の殻をあつめているのは、
自分の正体を知るためだった

わたしは影のようであり、
わたしが何も思わない時、
わたしは生死が曖昧になる

卵の殻の角に触れてみると
なんとなく心音が近くなる気がした
精魂尽きたと毎日言いながら、
まだ、言うことがあるのなら、
今夜も鶏の声を待つべきだと思った

【卵を割って、世界に触れて】


No.162

蓄積された日々のすり傷
こころは痛みに慣れてゆく
それは、きっと、よいことで
これからも、たくさん、麻痺しましょう

麻酔なしでも生きていけるようにしましょう
死は痛みからもっとも遠いと知っていたでしょう
手を繋いでも、分かり合えないことも
涙を流しても、その意味のわからないことも

これからも、わからないまま、
霞を実体と思いながら
たゆまぬ実験をつづけましょう
そうして、
これからも、たくさん、麻痺しましょう

【麻酔針から流れ出て】


No.163

何かをかいていなければ
何かをかいていなければ
わたしはまばらになってゆき
そうして飛散してゆくわたしであり
心臓は止まって塵になりゆくわたしであり

虚しさがただ、わたしを追い回す野犬の如く
形のない恐怖は、わたしの上にのしかかる

何かをかいていなければ
何かをかいていなければ
わたしのかなしい運命を
ただかなしいと叫びながら
紐を結んでしまうわたしだろう
ただかなしいとはつまらない言葉
それに殺されるにはくやしいわたし

【呼吸のごとく、晩年のごとく】


No.164

誰かの夢になりたいという
一般的な願望をもっている
現実とはやわい人形劇
吊り下がりってまた夢をみる
誰も出てはこない夢をみる
無機物だけの夢をみる
すべての沈黙は夢をあたえる
喋ってはいけない、誰であっても
喋って仕舞えば、誰も目を合わせない
喋って仕舞えば、きみのこころは届かない
しずかに、見つめるしか、わたしには、できない
きみは、たくさんの、甘い言葉を、持ちながら
毎夜毎夜、泣いていて、わたしには、わからない
きみの泣いている理由がわかれば、
わたしは、誰かの夢になれる気がした
この人形劇のやわさを、不快に思える気がした
吊り下がる自分の腕の傷に、気がつける気がした
そうして、現実には、血が通うことを、
真実として、のみこめそうな気がした

【誰の夢にわたしの言葉は生きるのか】


No.165

結局その手が背中を押す
踏み出したまえと無責任に
高層ビルから落ちる妄想に
いつもその手が背中を押す
わたしはもっと情緒がほしい
そうしてつねに抒情が必要だ
こんな無機質な妄想にすら
わたしはロマンスを欲する
その手はつめたくあきれる
わたしに終わりをおしえて
それが妄想なのか天啓なのか
それは言わない約束だった
しかし踏ん切りがつかないから
結局いつも目を開けて汗だくのまま水を飲む
その幸福であることを知らしめねばと言うように
なによりも甘美なのは妄想している実感であった
高層ビルで昏いまま生きる人を思いながら
わたしは今こそ降りようとしている
その瞬間だけを愛している
その瞬間だけにときめいている

【生死の境目妄想女】


No.166

執着の消えた筈の生き方に疑問が残る
未だにもったいないという気持ちが
わたしの目の前に赤信号を出している
点滅は鬱陶しいと、瞼を閉じて呼吸をする
結局のところ、ぜんたい、どうしたい
そうやって問題提起を繰り返していれば
都合の悪いものたちを塗りつぶせる気がした
ただ、それだけのためだけに、
勿体ぶっている
難題を解くふりをする
何かを探しているが口癖になる
こうなりたいわけではなかった
信号は点滅している
深夜の車道は寂しい
何度もそう思いながら、そう思う事実はある
世が明けて、信号が青になったところで
朝の渋滞に巻き込まれながら
子供達が手をあげて横断するのを眺めながら
やはり、わたしは、寂しいのだと、
未だに、つまらないことに、執着している

【点滅信号に緩くカーブして】


No.167

空にはかなしい飛行機とんで
昏いだれかの心境をおもえば
わたしの気はまぎれるように
快晴、風もなく、心もなくし
空にはかなしい飛行機とんで
わかれた女の涙を思えばこそ
わかれた男の涙を思えばこそ
ひとつの恋愛について思える

飛行機がさみしいのは
この青いばかりの空のせい
風の吹かないしずかなせい
いつだってわたしの眺める空はさみしい
そこを飛んでゆく飛行機はよりさみしい
残されてしまう飛行機雲をおもえば耐えられない

空にはかなしい飛行機とんで
蜻蛉もとんでる夏の空
わたしひとりの夏の空
空にはかなしい飛行機とんで

【さびしい空には飛行機が】



No.168

散文詩『棺桶の上に無垢はあり』

埃をかぶっていた、古本。紙のにおいが息苦しくて、思わず顔から遠ざけた。誰もいない倉のなか、死んだじじいの形見でも見てろと突っ込まれ、偏屈じじいの収集癖をながめていた。この古本はしかし、舶来のインクで書かれている。それは童話のたぐいに似た、純真無垢なものがたり。あのじじいのかなしみが、とうとう理解されぬまま、天だか地だかに旅立って、こうしてとうとう明かされる。誰もが泣かない葬式で、大した遺産もないからと、ただの喪服のかいごうで、つまらんつまらんと思いつつ、仏間ですぱすぱ煙草を吸った。じじいの好きな銘柄と同じだったと後で知る。
そうしてつまらん倉の中、古本読んでぶるぶると、肩をふるわせようやっと、じいさん死んだと理解した。この無垢をだれも知らぬまま。すべての誤解を背負ったまま、今はもう骨になる。思い出せば渇いた手、大きくつよい渇いた手、その手の感触は、やさしいものだと今更なこと。どうしてこんなに弱々しい、さみしい背中をかくしてた。この古びたつまらぬ童話から、俺のじいさんは死んだんだと、知りたくなかった悔恨と、うけいれがたい寂しさと、すべてが今更だったから。

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