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【詩集】呼び止められず蝉時雨

『るゝのテキスト』

No.192

惜しみのないほどに瑠璃の涙を流して
ただいちめんに、海のような心象をうつして
蒼風にはからめて、ひねくれたままのうたうたえ

わたしが瓶の底で酸欠に苦しんでも
その瓶は迷わず流してほしい
誰にも届かない手紙ほどうれしいものはない

瓶は割れた、破片は海の中に、
互いを忘れながら、ゆられていて、
だれかの瑠璃のような涙に溺れている

【るゝのテキスト】


No.193

船に積んだガラクタが、
どこかの島では宝になる
骨董にかくれた誰かの地図を
盗んだ彼は夢見る愚者と指さされ

海はとどろく、船は破壊され尽くし
クルーは全員、海へと投げ出されて
それは、ガラクタのための物語だった
それを夢見る愚者と言い伝えられても

そうした愚者はいつの世も減りはしなかった

【海峡には青い夢ばかり】


No.194

硝子細工のように生きていたいと
きめ細やかな声は生まれる前に囁く
ひとのこころはわからない
わたしのこころはわからない
永遠に、真実は手に入らない
唯物的に生きていても
やがて息が切れてくる
正しかったことはひっくり返り
いつだってわたしたちは順応するから
存続できている、(それを進化と呼ぶのは野暮)
続くことはくるしいこと
よろこびなんてわずかなもの
そういう飴と鞭と鞭がこの世に縋らせる
かなしくても、終わらない、残酷かな、この命
繊細な心は砕かれて、形を変えて存続する
生まれる前の囁きが悪魔なのか天使なのか
生きている間はわからないまま
残酷かな、この命

【つづくものは砕け散りたい】


No.195

夜半をつなぐビロードたち
落ちてゆくビーズをこの手に受けて
夜はなめらかにすべりおちてゆく
仕立て上げられた眠りに落ちるとき
夜更けには白い下弦の月が見えるだろう

その白い手は月あかり
夕暮れに呼んでいた声
透き通るのは銀河系、
つぎの夢を約束しよう
わたしがおちるときは
見守っていてほしいから

【夜の布地に触れてはならぬ】


No.196

この姿は異形と呼ばれたい
美醜のくくりから這い出た
けものかあやかしか、
いいつたえのなかで、
わたしは生きていたい
実態を持たないことは自由だ
話の中にてたくさんの姿を得る
わたしは相反するものを抱え込み
ただの伝承のなかにねむりたい
美しくても、醜くても、
名前があっても、名前がなくとも、
憧れ愛されても、忌み嫌われても、
わたしがわたしであるのなら、
ただの異形となりはてたい

【途絶えなく、私を呼んで】


『呼び止められず蝉時雨』

No.197

青い青いみずあめをねっている
それはプールの色をしているね
そう言ったって返事はなかった
おなじ場所でおなじものを食べたって
わたしの言葉はいつもとどかなかった
セミが落ちてる、ぐるぐるまわって飛ぶ
それだけでみんなは、わらってよろこぶ
わたしの言葉はいつもとどかなかった
おなじ場所になんとなく居ても
わたしはセミのように叫べなくて
わたしの言葉はちがうもののためにあるって
そう思いながら、プールの色したみずあめを
いっきに口の中につっこんで、
あまいばかりで涙がでてきても、
塩素のにおいにはおよばなかった

【呼びとめられず蝉時雨】


No.198

遊んでおいでと放たれて
二度と帰っては来れなくて
寂しさばかりを重ねてみれば
それなりの年輪となっている

大樹は最初から大樹であったわけではない
誰にも知られないレキシ、カナシミ、
誰かの楽観と現実に、頭を痛めて育ったならば
誰かに教えることなどなかった

だから、遊べと放り出された、綿毛のように
二度と帰っては来れないと知らないのだから
ふたたび誰かに教えることは何も無い
ただ、歳をとっただけで
何も、教えることなど無くて
遊びに出掛け、歳をとり、大樹と言われて、
それだけしかない、それだけが真実であり、

【かさねがさねにワタは飛ぶ】


No.199

昏いばかりのあしどりで
この道は狭まるゆくすえ
夜明けはとおいとおい国のよう
夜更けに飛ぶのはかなしみか
道にゆくのはスズムシのこえ
だんだんくらくなってゆき
さみしくなってしまっても
白く丸い口がひらくころ
やっと手の届く夜明けが喰われ
ふたたび昏いあしどりで
当て所もないまま歩くから
この道はいくらでも狭まるゆくすえ

【満月が喰いつくした道のり】


No.200

みな、芝生、生まれてから死ぬまで
みな、芝生、ととのえられた草草

子供の手は長く飛び出た草をひっこぬく
夢中になる、根をおいかけて、どこまでも、
なにもかも、忘れたように、ひっこぬく

この執念は忘れられるか怒鳴られるかで消える
あの根はどこまで張っていたのであろうか
若い眼を伸ばし切った先には何が芽生える?

みな、芝生、の、上に、しゃがむ、子供の頃
みな、芝生、の、中に、みつける、子供の頃

【土に生まれて土に生きて】

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