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【詩集】6月ラストオーダー

『6月、ラストオーダー』

No.201

ひるさがり、
見知らぬ子供の泣き声が響いている
団地の隅に、咲いている名前を知らない草花

せつないのは、
誰も知らないことを知ってしまうこと
何も見ないままで消えていけたのならば

正午に、ひとつひとつを知ってゆくこと
それは、刻々とさみしさをつのらせること

青空を、ただ眺められていたころ
人の声を、ただ聞いていられたころ

【ラウンドスケープ正午】


No.202

遊園地に行くと、不安であった
動物園に行くと、不安であった

楽しそうな人たちの顔が遠くなって
今にも大きな恐怖に食われる気がして

帰る時間が来るというのに、
今を楽しんでいたら、
きっとかなしい、

家族たちの幸せそうな時間が、
これから切り取られて、
この遊園地は、
この動物園は、
静かになってゆく

それを思えば、かなしくてしかたなく
それを想像して、観覧車で俯き涙を落とした

【かえりのじかん】


No.203

操られた影絵はたのしい仕事をする
人を少し楽しませて、
だんだんと恐怖に落とす
操る人は無表情のまま、
これは楽しい仕事だと言っていた
影は追いかけっこをしている
ちがう影を追いかけている
これが楽しい仕事だと思っている
操る人の見事な影さばき、
人々の歓声、楽な日々
誰の影?知らない
誰かとは?知らない
自分は影、それだけで、
きっと明日も楽しいから

【影絵のじかん】


No.204

逃げ出したくなったとき、
どこへゆこうというのだろう
逃げ場所があるということは、
どうしてか幸せなことであろう

わたしはどうして私を見ているのだろう
わたしが見ているのは事象であって
波のようにゆらめくものであって
決して心ではないというのに
その波は追いかけてくる

瞼の裏に陽炎のようにした昏い感傷が見える
逃げ出すには、すべてを置いていかねばならない
なのに、ひとつも置き去りにはできなかった

それを意気地なしと呼ぶか、
それを優しいと呼ぶか、
波のように、ただ目の前に漂う、言葉だけだった

【蜃気楼と反射】


No.205

揺らぎながら泳ぎつづけている
ひよわくも、凶暴で獰猛な、意識

水面の光に怯えながら、噛みつこうとする
恐怖はいつだって、わたしを好戦的にさせる

喉を引きちぎりたいことと、
ここから離れたいということは、
いつだって、矛盾なく、わたしに棲む

鯨を眺めているときの心境、
それを自由にくくることは嫌い、
動物を感情にくくることは好きではない

それなのに、わたしは恐れるから
すべての感情に、動物の名前は必要だった

【鮫と鰯と一緒に生まれて】


No.206

空から鳥は血を吐いて落ちる
それはひとつの季節でしかない
かなしみという事象にするには
わたしはあまりに平坦過ぎた
どの次元に置かれたとしても
血を吐く動物を見てから
かなしみを発せられない
人間という言葉は証明みたい
解は無くても、わたしはひとり
動物に愛されなくて泣くこと
人間に愛されなくて泣くこと
この違いを違いと思うことが人間の証明
、という世界線上においては、わたしは
、解なし。

【かいしょうなき人間】


No.207

そのみずみずしい肌は棘を含む気がした
安易にさわれば痛くて泣きたくなるだろう
感慨とは実際には高いところで得ることば
そうでなければ怖いだろうから
すくなくともわたしは怖い
だから上段、下段、行ったり来たりで
いつだって痛みから遠いところに座りたい
感性も情操もどこか狂気的だったから
いっとうさきに逃げおおせたい子供時代
けれども避難訓練というのはおっくうだ
水をかけても止まらないものから逃げる
わたしは想像だけで呼吸がままならなくなる

【白桃をその手に取れるならば】


No.208

再びわたしの瞳がパレットみたいになって
わたしの涙は限りなく嘘に近づくから
かなしみは言葉にしなければ
ならなくて、
それは過酷なことだと言葉にしなければ
ならなくて、
表情に頼れていた時代とか
涙で流してしまえていた時代とか
もうわたしからは紀元前ほどに離れている
いろとりどり、それを綺麗と思える一瞬
あざやかさ、それを光ととらえる一瞬
体感の上では刹那、いいつたえのたぐい
言葉にしなければ、この瞳に真実は消え
言葉にしなければ、わたしは一瞬で消え

【弁明ばかりの歴史を紡いだ】


No.209

蛇が川を泳いでいる
わたしは庭を整えている
土に触れるわたしの指は無垢であった
川のせせらぎ、鱗のかがやき
水に触れるわたしの指は幼かった
いちばん死にちかい川を撫でている
身の丈に合わない仕事にわらっている
わたしの願いを聴いてもらうためには
天とわたしの位置は遠過ぎることを
わたしは知らなかった
蛇は川を泳いでいる
鱗は光を受けとりながら
土に触れるその日が来た

【肥沃なエデンに遊び】


No.210

6月、わたしは、わたしの庭におりました
わたしの目は新緑と同じ色をしていました
そうして蛇との戯れに興じておりました
雨はわたしの指をすり抜けていくようで
わたしが天から離れていくようでもあります
天気予報のたぐいを見ないまま
わたしは目の下に隈をこさえて
ただ、ただ、
濡れてゆく蛇の瞳ばかりに誘われておりました
懺悔はサボりながら、念仏も口笛にかわりはて
わたしの大地は真夏を待たずに
きっと裂けてゆくことを知っています
白い衣はうっとおしくて
黒いシャツばかり着ていて
呪文ばかり唱える日も多かったことです
喇叭、喇叭、
「アマデウス」を招いてお茶を出したのなら
きれいなうるさい旋律を鳴らす来客も在りました

わたしはわたしの未だ見ぬ滅びのために
わたしのためだけの信仰をつくりあげました
それが、6月の、わたしの庭の、出来事です

【6月、ラストオーダー】

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