キッチンドリンカー 担当:ヤナイユキコ
主に女性が家事をしながらお酒を飲むことを、キッチンドリンカーという。
なかにはキッチンドリンカー=アルコール依存症となった人、と言い切ってしまう解説もあったりで、私はもうアル中なのか、とぼんやりする。
数日前にXでつぶやいたのだが、私は料理をしながらのお酒が一番うまいと思っている。
未完成の段階の料理に塩を振ったり、マヨネーズをちょびっとのせたりしてつまんで流し込むビールはもう堪らなくおいしい。
肉のジュージュー焼ける音や、食欲を掻き立てるスパイスの香り。フライパンから伝わる熱気を浴び、段々といい色に変化し期待が高まる鍋の中を眺めながら、菜箸片手にグラスを傾ける。
料理はライブだと思うのだ。毎晩自らライブを開催し、主催であり観客である私はコンロの前でひとり盛り上がる。フェスに行ったことは一度もないけれど、フェスで飲むアルコールはきっと格別でしょう。そんな感じ。それが毎晩、自宅で、楽しめる。お腹いっぱいになったら寝ればいいし、部屋着、すっぴんで構わない。依存する要素が揃いすぎている。
これは昨晩の私の様子だ。
17:30 冷蔵庫の缶ビールを冷凍庫に移す。
17:40 炊飯器にお米をセットする。献立はドライカレー。
17:50 にんにく、生姜、玉ねぎのみじん切りを炒め始める。途中で豚ひき肉を追加。ぽろぽろになってきたら、カレーパウダーで味つけ。ここで味見。香味野菜と豚の脂の甘味が相まっていい感じ。ここで冷凍庫からビールを取り出し、保冷タンブラーに注ぎ入れる。ごくり。「キンキンに冷えてやがる……!!」と脳内カイジが叫ぶのは常。
17:55 ひき肉のフライパンにトマトジュース、砂糖、塩を入れる。トマトジュースの水分がほとんどなくなったら完成になるが、この煮詰めていく途中がまたそそる。野菜室をごそごそしてピーマンを取り出す。
「生ピーマンの上にこのひき肉をのせたらどう?」
「間違いないね」
「でもちょっとピーマンの鮮度がいまいちかも」
「じゃ、ちょっとレンチンして食べたら?」
「うん、そうする」
と、私の中の誰かと誰かがおしゃべりして、そう決まる。
種を取って4等分したピーマンは電子レンジへ。シャキッとした食感を残したいから加熱は少々。器と化したピーマンに未完成のドライカレーをのせ、大口を開けてひと息に頬張る。
「くぅーー!!!」と唸り、ガッツポーズが飛び出すくらいうまい。「くぅーー!!!」は実際発していたかもしれないけど、自宅だから全然いい。思いのほか熱くて上顎の皮がべろんとなったが、ビールがそれを冷やしてくれる。保冷タンブラーさまさま。いつまでも冷たくしてくれてありがとう。これをあと3回繰り返す頃にはカレーもいい具合に煮詰まってご飯も炊けた。
いつだったか「お酒を飲めない人は人生半分損してる、お酒を飲む人は人生100%損してる」という居酒屋のトイレに貼ってありそうなそれとは真逆の格言を目にして「それもそうだなあ!」と、笑ってしまった。
お酒を飲まなければ、その分お金も貯まるし、時間をもっと有効活用できる。酔っぱらって寝てしまい、山手線をぐるぐるするような失敗もしないだろうし、気が大きくなってなんて失礼なことを言ってしまったのだ!と、翌朝頭を抱え、昨晩の自分をぶん殴りたい気持ちにもならなくて済むのだろうと思うと、お酒はなんの得もない気がしてくる。
でも私は知ってしまったのよね。
料理とお酒の相性がこれでもかと合うと、料理もお酒もおいしさが二倍三倍と膨らんで、食事の時間がさらに豊かになるということを。
損をしながらも、膨らむおいしさを探求せずにはいられない。と適当な言いわけをしながら、今夜も私は料理をしながら飲むキンキンに冷えたビールを楽しみにしている。