となりのわんちゃん#68
お隣さんは、柴犬を飼っている。
ちなみに私は犬が苦手だ。理由は2つある。
1つは幼稚園生の頃、敷地内に野良犬が来ており、滑り台の上まで逃げたのに追いかけてきた恐怖があるからだ。
走ると追いかけてくる、そんなのは好きな人だけであってくれ。
2つ目は重度のアレルギーを持っているから。
特にダニ・ハウスダストはかなり高い数値が出ており、冬にセーターを着るのも鼻がムズムズする。寒暖差にも弱く、一度アレルギーが出ると数日はティッシュが手放せない生活が続くほど。私にとっては死活問題である。
なので「かわいいな」とは思うが、犬や猫には近づくことができない。
私が近づけないので、子供たちも近づかないのだがお隣さんの柴犬はよくお散歩もしており声をかけたり手を振ることはあった。
お隣さんの柴犬を、ここでは「わんちゃん」と呼ぶことにしよう。
お隣さんは老夫婦の2人暮らしで、美しく手入れされた庭にたまにそのわんちゃんが遊んでいることがよくあった。私たちが車から降りたり出かけようとすると、「ワンワンワン!」と吠えて威嚇する。
私からすれば益々「イヌッテコワイ」って気持ちになるが、子供たちはわんちゃんがいないか探して見つけると喜んで手を振っていた。
そもそも今の土地に引っ越してきて我が家は10年になる。
周りは老夫婦が多く、わんちゃんも私たちが引っ越してきた時には既にいらっしゃった。
「わんちゃんさま、仲良うしてくだされ。間違っても追いかけたりしないでおくれ」とお隣さんと近所に挨拶にまわった。
子供たちが生まれ、しばらくした時にお隣さんに会うと、「もう老犬で人間でいうと70歳くらいなんですよ」と教えてくれた。
犬とは縁のない生活を送ってきていたので、見た目は普通なのにそんなに歳をとっているとは思わず驚いた。
お隣さんは近隣からの評判も良い方々で、わんちゃんも大事に育てているし、クリスマスの時期になるとサンルームの窓に電球でわんちゃんを模ってイルミネーションをしていた。
「うまくできてないんだけど」とお隣さんは恥ずかしそうにしていたけれど、わんちゃんに対する愛情の深さに毎年あたたかい気持ちになった。
散歩もよく行っており、それを眺めるのも好きだった。
しかし、この数ヶ月そのお散歩姿を見なくなってしまった。どうしたんだろう。
宅急便が来たら吠えていたのに、そういえば鳴き声も聞かない。
老犬って言ってたし、具合でも悪いのだろうか、と思っていたら、1ヶ月前にお散歩しているところを見た。ちょうど外に出ていたので挨拶をしたが、わんちゃんはやっと歩いているようで吠える元気もない。
それからお散歩をしているところは見ていないが、数日前にお庭に出ているのを見た。子供たちと手を振るといつもの穏やかな顔でこちらを見ていたのだが、おむつをしていた。
家に帰ると、「そっか、わんちゃんもそんなに歳をとったのか」と悲しいような納得したような切ない気持ちになった。
飼い主であるお隣さんはどんな気持ちだろう。10年隣で見ていた私ですら、泣きそうなのに。
犬は人間より歳を取るのが早い。約1年半で人でいう20歳に達し、そこから1年間で約4歳ずつ歳を重ねていくのだとか。
わんちゃんを見ていると、まるで人間の人生を早送りで見ているような気分だった。
いつかはみんな老いていく。それは例外なく、誰しもが同じ道を辿る。
そうして老いた先に、愛して大事にしてくれる人はいるのだろうか。
家族でも家族でなくても、そばにいてくれる人がどのくらいいるのだろう。
丁寧につけられたわんちゃんのおむつを見ながら、わんちゃんは幸せな人生だっただろうと思った。
そしてお隣さんも、わんちゃんのいる生活がかけがえのないものだったんだろうと、今年もサンルームの窓に飾られたイルミネーションを見ながら思った。